アップル「ロック解除問題」の真実(上) “情報提供に躊躇なし”
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
昨年12月にカリフォルニア州サンバーナーディーノ郡で14人が死亡した銃乱射事件のサイード・リズワン・ファルーク容疑者(28)が、雇用者であるサンバーナーディーノ郡政府より貸与されて使用していたiPhone 5cのロックを解除するよう、連邦地裁が米アップルに出した命令に同社が従わなかったことが、波紋を広げている。
共和党のサウスカロライナ州党員大会で2月20日に圧勝したドナルド・トランプ大統領候補はその前日、「アップルが政府側の要求に従うまで、同社の製品をボイコットせよ」とツイッターで呼びかけた。だが間抜けなことに、そのツイートを自身のiPhoneから行っていたことがバレてしまい、大恥をかいた。
こうして憎まれ者トランプ氏の「敵」となったアップルは一躍、「人々のプライバシーの権利を守るため、権力に立ち向かうヒーロー企業」の地位に祭り上げられた。インターネットのプライバシー権擁護団体「ファイト・フォー・ザ・フューチャー」は2月17日、サンフランシスコにあるアップルの旗艦店の前に集まり、同社への支持のデモを行ったほどだ。
だが、アップルは裁判所命令などによる政府機関への顧客データ提出を拒否したのではない。政府が自由にiPhoneに侵入してデータを吸い上げられる万能鍵「バックドア」をオペレーションソフトであるiOSに埋め込めという命令を、「そんなことをすればiPhoneが売れなくなる」との商売上の理由で拒否しているだけで、実際には多くの顧客データを政府に渡し続けているのだ。
アップルが公表したデータによると、2015年1月から6月までの半年間で、同社は政府から971件のプライベートな顧客データ提出命令・要求を受けた。その内、81件に関して、アップルは命令に服従して顧客データを提出している。
また、同期間中、端末購入・登録・修理・アップル提供のサービス利用履歴などの「端末情報」に関して3824件のデータ提出命令・要求があり、3093件について従った。なお、「端末情報」は、盗難にあった端末を警察が特定するため使われることが多い。
このように、プライベートなデータを含む多くの顧客情報がアップルから米政府に渡っているのである。また、今回のファルーク容疑者のプライベートなデータについても、アップルは同容疑者が10月19日にiCloudへクラウド・バックアップした分については、すでに当局に提出済みだ。繰り返すが、アップルは顧客の個人情報を当局に提出することに躊躇はしない。
問題は、10月19日から銃乱射事件の12月12日に至る直近のデータだ。ファルーク容疑者はその間バックアップを行わなかったため、新しい情報は端末にしか残っていない。この件に関して、アップルは米連邦捜査局(FBI)に対し、「ファルーク容疑者が使っていたWi-Fiの電波に端末を自動接続させれば、同容疑者がクラウド・バックアップをオフにしていない限り、その間のデータは自動的にiCloudに同期される。そうしてiCloudに入った新データは、当局に提出する」と通告した。
ところが、ここで地元サンバーナーディーノ警察の捜査官がヘマをやらかす。回収した端末のデータを得ようとしてパソコンにつなぎ、端末のApple IDを変えてしまったのだ。端末IDが変われば、新しいiCloudアカウントが作成され、古いiCloudアカウントに自動同期されなくなってしまうのである。
(アップル「ロック解除問題」の真実(下) 怖いのは“情報ぶっこ抜き” に続く。全2回)
あわせて読みたい
この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト
京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。