反トランプ運動、激化の兆し 米国のリーダーどう決まる?その9
大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)
「アメリカ本音通信」
暴言不動産王ドナルド・トランプが着々と各州で共和党大統領候補を決める予備選挙を勝ち抜き、夏の党大会で指名されることは免れないと、全米があきらめムードになったとたん、トランプはキャンペーンのギアを入れ替えた。冗談半分の泡沫候補ではないことを誇示するかのように。
10日に行われたディベートでは、今まで繰り返してきた対立候補との「お前の母ちゃんデベソ〜」レベルの言い争いはきっぱり止め、いかに自分のおかげで各地で登録した共和党有権者が増えたか、いかに11月の大統領選挙で自分ならヒラリー・クリントを倒せるかを滔々と語り始めたのである。
日本のマスコミでもトランプが得意げに「ラリー」と呼ばれる決起集会でスピーチをする様子は伝えられているが、これまではトランプの支持者が多い場所で開かれていた。さらに今までは、共和党の他の候補の支持者や、民主党の有権者は、まず自分が推薦する候補者の決起大会やタウンホールと呼ばれる小規模のミーティングに足を運んでいたわけで、わざわざトランプの支持者が集まるところには出かけて行かなかったのである。
ブルッキングス研究所がトランプ候補の支持者と相関関係のある有権者の特徴を調べた結果、高かった項目は「白人」「中卒」「祖先はアメリカ人と答える」「トレーラーハウス」「IT以外の仕事に従事」等だった。共通しているのは、この数十年で製造業からITを基盤にしたグローバル経済へ移行する波に乗り遅れた人たちだという。時代に取り残され、安定した生活が危ぶまれ、それが移民や難民のせいだと思い込み、やり場のない不安と怒りに苛まれたベビーブーマー次世代の人たちがトランプ支持の中心層なのだ。
だが、これからはそうはいかない。トランプ1人が候補となってしまえば、他の候補者を応援することは不可能になるし、他の合法的な手段も見当たらず、彼を大統領候補であることを阻止することはできなくなる。かといって、主流派の指導でこれまで反オバマ、反民主党、一切の妥協はしない方針を貫いてきた共和党では、トランプをなんとしても阻止するために敢えてヒラリー・クリントンに一票を投じる発想はない。第3党の候補を立てるには遅すぎるし、誰を立ててもヒラリーを勝たせることになるだけだ。
そして11日の夜、とうとうシカゴのイリノイ大学内の会場で予定されていたラリーで火蓋が切って落とされた。集まった反トランプの群衆の多さに怯んだトランプ陣営は「警察がこのままラリーをやっては危ない」と中止を勧めた、とウソをついて(警察はそのような進言は一切せず、十分な警備を配置する用意があったと発表している)、土壇場で姿を現すことさえせず、イベントを中止した。
シカゴはオバマ大統領が上院議員として出馬した「地元」であり、人種的にも雑多な大都市である。イリノイ大の学生や、バーニー・サンダース候補の支持者、オキュパイ運動に関わった若い世代が、準備を重ねてラリー会場に臨んだ。非暴力デモではあったが、会場内外でケンカが起こり、ケガをした者も何人か出た。そしてシカゴは1958年に民主党大会の際に反ベトナム戦争のデモで荒れ、リンデン・ジョンソン大統領が二期目の出馬を断念した地でもある。
トランプ陣営は、今回の騒動は自分たちとはまったく関わりがないとしているが、今さらそんないいわけは通用しないだろう。これまでの決起大会で、個人や少数の反対派がデモを始める度にトランプ自ら「つまみ出せ」「アイツの顔に一発お見舞いしてやりたい」「昔ならああいうのは(皆で袋叩きにして)担架で担ぎだされていた」などと扇動してきたのだ。
大統領になるには「スウィング・ステート」と呼ばれる激戦州で集中的に遊説し、選挙資金を投入し、ボランティアを集め、票を取らなければならない。だがトランプはテレビ出演を通して得たファンの前で自分の名前を冠したブランドのステーキやワインを得意げに宣伝している。この夏、全米の激戦州やリベラル寄りの都市で暴動が起こり、血が流れるのは見たくないが、今までトランプのような候補者が生まれ、支持されていく土壌を作った共和党主流派はこの事態に何を思うのだろう。
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この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント
日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。