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.経済  投稿日:2016/3/17

海外に出せない『ハレンチ学園』 漫画・アニメ立国論 その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

若い読者には、あるいは信じられない話かも知れないが、かつてわが国では、

「電車の中で漫画を読むサラリーマン」

が問題視されたことがあった。

この場合のサラリーマンとは、そこそこ高学歴のいい大人、といったほどの意味であろう。そういう人たちが、人目も憚らず漫画を読むというのは、恥ずべき行為だと考えられていたのである。もう一度言うが、若い人たちには、にわかに信じがたい話かも知れない。

かつて、と述べたが、具体的には1960年代の半ばあたりのことと思われる。と言うのは、青年漫画誌の『ビッグコミック』(小学館)が創刊されたのが1968年のことであり、つまりは「漫画を読む大人」が認知されつつあったわけだ。

当時私は小学生だったが、少年漫画の中にも非難が集中しているものがあった。奇しくも同じ1968年に『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載が開始された『ハレンチ学園』(永井豪:作)である。小学校という設定だったが、この漫画のせいでスカートまくりが流行した、というようにマスコミで紹介され、物議を醸したわけだ。実際には、PTAなどが新聞記事(それ自体は、単なる紹介記事以上のものではなかった)に過剰反応して、版元などに抗議したものらしい。

三重県では、有害図書に指定しようとの動きまであったという。ところが、作者がこれを逆手にとって、物語のクライマックスでは、教育委員会がハレンチ学園に戦車で攻めてくる(!)という展開になったのである。現在出回っている単行本では、攻めてくるのは「大日本教育センター」という組織になっているが、連載当時は、間違いなく教育委員会であった。私を含め、当時この漫画のおかげで、この世に教育委員会という組織があるのだということを知った小学生は,かなりの数に上ったはずで、今もはっきり覚えている。

そんな話はともかく、なにゆえ作者が、このような「ハレンチ漫画」を描いたのかというと、彼自身が小学生の頃、教師が女生徒の体に触るのを目撃したそうだ。てっきり冗談ごとかと思っていたが、女生徒が後で泣いているのを見て、実は深刻な問題なのだと気づき、これをデフォルメして、教師や学校の理想像とは真逆の世界を描き出したのだという。

早い話が、女子生徒に対するセクハラ行為のようなことは、結構昔からあったのが事実で、この漫画のせいでおかしな流行が生まれたわけではない。たまたまあの時期、女の子のスカートが風でめくれるCFが流れたりして、漫画の中でその話題に触れていたことから、両者がまるで、今で言うコラボのような関係にあるかのような誤解が広まった、というのが事実である。

そもそも破廉恥というのは、仏教でも用いられる言葉で、人道に外れた所行のことである。

だとすれば、戦争もそうだし、教師や学校、それに教育委員会といった権威を否定する漫画を、子供たちから取り上げようとか、版元を糾弾する行為の方が、よほどその言葉にふさわしい、とは言えないか。

逆に考えれば、この『ハレンチ学園』を問題視した人たちは、そこに描かれているのが、実は権威の否定というテーマであったことを見て取ったのかも知れない。

げんに警察関係者は、少年の性犯罪を助長するような要素は見当たらない、としていたのだから。

漫画の神髄は風刺にあり、とは昔からよく言われる。

政治や世相を風刺する絵は、近代ジャーナリズムの草創期から新聞に掲載されていて、これが漫画の源流であることは疑う余地がない。

いや、それ以前に原始時代から、人間は様々な思いを絵に託して、書き残してきたではないか。

前回述べたように、日本のManga、Animeが世界で受け容れられてきたのは、絵で表現されたものの面白さを楽しむのは、人種や民族を超えた行為だからだと、私は考える。

ただ、単なる絵ではなく、テーマやストーリーといったものが、そこにはあるので、やはり外国人が容易に理解し受け容れるものと、受け容れがたいものは厳然と存在する。

さらに言えば、ヨーロッパでは未だに漫画のようなものは「子供向け」と見なされている。

他の観点からも『ハレンチ学園』は、今のヨーロッパでは、児童ポルノに準ずるものと見なされるかも知れないが、では、どういった漫画が海外で受け容れられてきたのか。

次回、ヨーロッパにおける私の見聞と共に述べてみたい。

(この記事は 家電で負けてもマンガで勝つ! 漫画・アニメ立国論 その1 の続きです)


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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