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.国際  投稿日:2024/11/19

独裁より忖度が恐ろしい  「再トラ」ついに現実に その4


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・ワシントン・ポストとロサンゼルス・タイムズは、今回の選挙で支持表明をしない異例の決定をした。

・経営者が「報復」を恐れたことで、メディアの独立性が揺らいでいる。

・日本のメディアも権力に迎合し、監視役を果たしていないと批判されている。

 

今次の米大統領選挙については、本誌にも有益な記事が何本も寄稿されている。中でも私なりに考えさせられたのは、古森義久氏の、

『民主党びいきの二大新聞はなぜハリス不支持となったのか』

と題する記事であった。

 

詳細は当該記事に譲り、本稿の主題となるくだりのみ概略紹介させていただくと、過去およそ40年にわたって民主党候補への支持を表明してきた、ワシントン・ポスト(以下、ポスト)紙とロサンゼルス・タイムズ(以下、タイムズ)紙が、今回の選挙においては「特定候補への公式支持表明をしない」と表明したというもの。10月下旬のことで、両紙とも社内ではすでに支持表明の準備をしていたそうで、かなり異例な決定だと言える。

 

当然ながら反発は激しく、ロサンゼルス・タイムズ紙の場合、編集局長がこの決定に抗議して辞任してしまった。また、20万人もの定期購読者が契約を解除したそうだ。実は同紙は、今では南アフリカ出身の投資家であるパトリック・スンシオン氏が所有しており、くだんの大富豪は、トランプ氏が勝利した場合の「報復」を怖れて、こうした決定を下したものであるらしい。

 

ポストも同様で、すでに社説が準備されていたにもかかわらず、主であるジェフ・ベゾス氏が掲載を阻止し、やはり編集幹部の多くが抗議の意味で辞任している。ベゾス氏と言えばAmazonのCEO(最高経営責任者)として日本でもよく知られる人物であるが、2013年にポスト紙を買収し、現在は同社のオーナーでもある。

個人的な感想ながら、あのポストまでもか……と慨嘆せざるを得なかった。

 

1976年に公開された『大統領の陰謀』という映画を見て、本物のジャーナリスト精神とはこういうものなのだな、と感動させられたのを覚えている。1972年6月17日夜、ワシントンDCにあるウォーターゲート・ビルの警備員が、入り口のオートロックが作動しないようにテープが貼られていることに気づき、通報した。駆けつけた警察によって、5人の男が不法侵入の現行犯として逮捕された。

 

一報を受けたポスト紙の社会部長は、侵入場所が民主党全国本部のオフィスであったこと、5人が無線やカメラ、多額の現金を所持していたことを不審に思い、部下のボブ・ウッドワード記者(ロバート・レッドフォード演)に、法廷の取材を命じる。裁判所に出向いたウッドワード記者は、共和党系の大物弁護士が法廷に来ていること、さらには被告人の一人が元CIAの警備顧問であると告白するのを聞いて、これは単なる不法侵入事件ではない、と直感する。

 

さらには、社会部の先輩であるカール・バーンスタイン記者(ダスティ・ホフマン演)も、この事件に関心を寄せていた。彼はウッドワード記者が書いた原稿を、焦点がぼやけて読みにくいと評して、推敲した原稿を手渡す。最初は反発していたウッドワード記者も、バーンスタイン記者の原稿を読み終えるや、こちらの方がいい、と納得した。

 

かくして二人の記者の奮闘が始まるのだが、国家機密の厚い壁に阻まれて、思うように取材を進めることができない。どうにかこうにか記事の掲載にこぎ着けたところ、時のニクソン政権から、名指しで非難と嘲笑を受ける羽目になってしまった。しかし、ポスト紙はひるむことなく、ついにこの侵入事件が、民主党の機密文書を奪取しようとした「大統領の陰謀」であることを暴き、最終的には大統領を辞任に追い込んだのである。

 

世に言うウォーターゲート事件の内幕を描いたものだが、実はこの前年=1971年にも、ポスト紙はニューヨーク・タイムズ紙ともども「ペンタゴン・ペーパーズ」をすっぱ抜いている。ペンタゴンは米国防総省の俗称だが、くだんの機密文書には、ケネディ、ジョンソンの両政権が、勝利できるという確信を持てないままヴェトナム戦争に深入りしていった経緯が記されていた。

 

この事件でもポスト紙はニクソン政権から目の敵にされたが、当時の編集幹部は、社員の前でこう檄を飛ばしたという。

「これからポストは政府と闘う。広告の出稿停止などの圧力も予想されるが、それで経営が傾くようなら、社屋の1階を売りに出し、輪転機を2階に上げる。それでも駄目なら2階を売って輪転機は3階に上げる。最後は輪転機を屋上に上げることになるかも知れぬが、それでもポストは闘う」

 

当時、女性として初めて大新聞の発行人(後に同社のCEO)となったキャサリン・フラハム女史も、最初のうちこそ会社の先行きを心配していたが、最終的には編集局を支持することを決断。この「ペンタゴン・ペーパーズ」をめぐる騒動も2017年に映画化され、メリル・ストリープが同女史を演じて、アカデミー主演女優賞に輝いている。

 

しかしながら前述のように、ポスト紙の経営権は今やベソス氏のもので、そのベソス氏は、かつてのトランプ大統領時代、公正な競争をしていない、と手厳しく攻撃されたことがある。今次「再トラ」となったら、そうした攻撃も再開されるのでは、と懸念したものと衆目が一致している。ベゾス氏自身はこの件について、

「新聞が特定の候補を支持することで、メディアの独立性が疑われるのを避けたかった」などと釈明しているが、これを額面通りに受け取ったメディア関係者など、まずいない。

 

いずれにせよ、当選するか否かも分からない候補者に対して、過剰なまでの「忖度」をしたということであれば、メディアも地に落ちたものだとしか言いようがない。

 

さらに度し難いのは、トランプ次期大統領の顔色をうかがうような態度が、わが国のメディアにまで伝播していることだ。週刊文春11月21日号に、こんな記事が載っていた。「小室圭さん大ピンチ!反トランプ団体に入っていた」と題するもので、秋篠宮家の長女・眞子さんの夫で、米国の大手法律事務所に籍を置く弁護士の小室氏(久しぶりに名前を聞いた笑)が、JACL=日系アメリカ人市民同盟という団体に所属していることが明らかになったと報じている。

 

どこが「反トランプ団体」なのかと言うと、2015年に共和党の(大統領候補)指名争いをしていた際、イスラム教徒の入国規制案を打ち出し、その前例として、第二次世界大戦中に日系人を強制収容所送りにしたことを肯定的に語った。これに対して反発する声明を出すなどしたからだそうだ。この団体に入ったことで、小室氏がなんらかの「ピンチ」に立たされるとしたら、それこそ由々しき事態ではないか。少なくとも日本人の立場からすれば、トランプ氏の発言こそ、見過ごされるべきではない。週刊文春の記事によれば、前述の抗議声明に対して、翌16年に就任したトランプ大統領は、意趣返しと考えたのか、強制収容の歴史保存代替への補助金を削減しようとしたとか。

 

こうしたことが、日本ではほとんど報道されず、政治かもジャーナリストも抗議の声さえ上げない、ということの方が、よほど「ピンチ」ではないのか。権力を監視する、という役割を放棄したどころか、権力におもねるようになったメディアには、政治や民主主義を語る資格はない。

 

その1, その2, その3 はこちらから

 

写真)ワシントン・ポストのオフィスの外写真撮影する「大統領の陰謀(ALL THE PRESIDENT’S MEN)」の監督とキャストメンバー (1976年 ワシントン)

出典)Silver Screen Collection / Getty Image




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