沖縄米軍、芥川賞作家拘束は“大失点”
文谷数重(軍事専門誌ライター)
■直接、海兵隊が拘束すべきではなかった。
沖縄海兵隊は基地反対運動への対応を誤ったのではないか?
4月1日、辺野古で抗議活動をしていた目取真俊(めどるま・しゅん)さんが米軍警備員に拘束された。目取真さんは芥川賞作家として有名なこともあり、この事件は全国ニュースで取り上げられている。その理由は米軍提供水面内への侵入である。米軍から海保に身柄が引き渡された後、刑事特別措置法違反の疑いで逮捕されたとされている。
だが、これで海兵隊は辺野古基地の保全・維持を安泰にできたのだろうか?むしろ、沖縄駐留や基地の維持を望む上での周辺対策としてはマイナスに見える。
そのマイナスは3つである。その第一は、直接米軍が拘束したことで日本国民に反感を醸成したこと。第二には刑事特別法の弱さを示すことにより、海面侵入への抑止力を失わせる結果となること。第三が、反対運動に対する敵意を周知するものであり、日本人に公的機関としての立場を疑われる要因となることである。
これらの点から、海兵隊の対応は誤りであった。米軍として沖縄駐留の継続を望むのであれば、多少の侵入は許してもその対応は日本側、海保に一任すべきであった。
■ 不快感の醸成
今回の対応について、その失敗の第一は米軍が日本国民に手を出したことだ。それにより、米軍は日本国民や沖縄県民に不快感を与えるリスクを犯した。
外国軍による警備と自国の警察機構による警備、どちらが反感を買うかを考えればわかりやすい。
よそ者による力の行使は、それだけで不快感を呼び起こす。あくまでも駐留米軍はよそ者である。そのよそ者が自分たちの土地で強制力を行使したといった構図である。警備の是非はともかくとしよう。だが、日本人には日本警察による警備以上に不愉快を感じさせる結果となっている。
さらに、過剰に見える米側の武装も日本人に問題視される可能性もある。現状では拘束時の状況は明らかではない。だが仮に米軍が過剰な武装をし、例えば銃口を人間に向けた場合「丸腰の抗議者に銃をつきつけるのか」といった反感も生む。
ちなみに日本人従業員を含め、米軍警備員は散弾銃を含む銃器を携行している。そして銃器を使用しない状況でも、それを見えるように持つことも多い。この点も米軍警備は不快感を与えやすい。日本の警察組織による警備は、国民感情への配慮から外見は木製の警棒、乳切木(ちぎりき)にとどめており、銃器は隠している。その落差は大きい。
■ 刑特法の弱さを周知する
警備失敗の理由の第二は、刑事特別法での拘束により、その弱さを周知することである。刑事特別法は使いにくい法律であり刑罰も弱いが、今回の件はそれを抗議者にアナウンスする可能性も孕んでいる。
提供水面への侵入について、刑事特別法で有罪にもっていくことは容易ではない。これは米軍佐世保の前例をみても分かるだろう。かつて提供水面での漁業について、漁民を逮捕起訴したが有罪にもっていけなかった。そしてそれ以降、佐世保では漁業者の水面立入での起訴もできていない。
また、刑事特別法の罰則が弱いことも印象づける。米軍区域立ち入りでも懲役1年以下、罰金2000円以下である。壁等で囲まれた陸上地区とは異なり、海面では境界がわかりにくい。さらに目的も抗議であり直接的な実害も与えていない。仮に有罪となっても低めの刑罰となるだろう。
この点、今回の拘束・逮捕は刑事特別法の抑止力を失わせるものとなる。「逮捕できても起訴できない」や「有罪となっても罰金を納めれば終わり」となれば、抗議者はその違反をおそれなくなり、水面侵入へのハードルも下がる。今後、仮に工事を進めようとしても抗議でどうしようもなくなる事態を生み出すかもしれない。
おそらく、海保はそれを承知している。だから、これまでに刑事特別法での逮捕は行っていないのだろう。警備の実利上でも、米側拘束は有害な結果しか生んでいない。この点でも海兵隊の警備は実利を失うものとなったのである。
■ 「大人げない」と見られる
そして第三が、公的機関として特定集団への敵意を示した不利益である。米側による拘束は「米海兵隊は抗議活動に対して泰然とせず、ムキになった対応をした」といった印象をあたえたのである。
日本では、公的機関は抗議活動等に対し抑制的な態度であることが求められている。官公的機関は内面で敵意を持っていても外面に出すことは許されず、丁寧な対応をするべきといったコンセンサスがある。それができなければ「大人げない」と、その行政分野での当事者能力を疑われるのである。
これは軍隊の警備でも変わらない。少なくとも80年代以降、自衛隊の警備で抗議活動に敵意を示した例はない。どのように険しい抗議活動でも、警備側は相手を挑発しないように無表情、あるいはむしろ笑顔での丁寧な対応を行っている。
ちなみに9.11当時、筆者は横須賀総監部(海自)勤務であり業務と平行して臨時警備にもあたっていた。インド洋給油以降は抗議活動も多かったが、内面はともかく隊員は敵意を表情に出すことはなかった。筆者も基地正門での対応、抗議文受け取りは努めて笑顔で対応した。「官側はそうあるべき」と考えたためだ。
だが、米海兵隊はそれができていない。例えばツイッターの公式ツイートでも次のように述べている。
在日米海兵隊 @mcipacpao
@stealthjoker3 間違い無く辺野古住民とシュワブの海兵隊の関係は良好です。ゲート前で騒いでいる人たちは辺野古の住民ではありません。
14:51 – 2015年4月9日
(ちなみに他の駐留米軍、米海軍や米空軍公式はこのような非常識な発言はしない)
日本の公的機関の感覚としては、失敗としか言いようはない。他のツイートをみても海兵隊に好意的な勢力だけを持ち上げる形である。
海兵隊の発言は、戦後、米国のアジア政策で現地情勢を無視した失敗を彷彿させるものだ。
戦後米国は、韓国や南ベトナムの大統領に李承晩やゴ・ディエン・ジェムを据えた。「親米派である」あるいは「米国のイエスマンになる」といった理由だけで選ばれており、現地情勢を無視したものであった。結果、両国では土着勢力との決定的対立と大混乱が引き起こされ、最後には米国自身が同意した上で「首の挿げ替え」が行われている。
同様に親基地派だけを持ち上げ、それ以外を「敵」として切り捨てる海兵隊の周辺対策も失敗する。なによりも住民感情と背離しており、県や市の基地対策と真っ向から衝突するものであるためだ。
■ 周辺対策としての警備失敗
つまり、今回の海兵隊対応は失敗であった。反感だけを買う形であり、何の利益も上げられていない。本来であれば、制限水面への侵入にしても海兵隊は手を出さずに海保に任せるべきであった。そうすれば米軍そのものへの批判は避けられた。
もちろん海保は警備過剰ともいわれている。だが海保も事態をコントロールしていることも確かである。海上抗議活動に対しては、乱暴な態度をとっても基本は追い返すだけであり、逮捕まではしていない。既述のとおり刑事特別法が使いにくいといった問題もある。だか、「『抗議活動との衝突』へのエスカレーションを避けている」とも評価できる。
いずれにせよ、周辺対策としてみれば全国ニュースになっただけでも失敗である。さらに今後、問題が政治化すれば、海兵隊が望む対中軍事力としてのアピール、沖縄駐留継続にも逆風となる結果しか及ぼさないだろう。
文中画像:在日米海兵隊 Twitter より引用、キャプチャ
あわせて読みたい
この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。