保育現場の声を聞こう(下) 日本の待機児童問題その4
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
前回から引き続き、幼稚園のベテラン教諭であるR先生の意見を聞いている。
保育士や幼稚園教諭の仕事について、
「子供と遊んでいるだけ」
という見下した評価があることが、実は待機児童問題の本質であると、彼は喝破する。前回、そこまで紹介した。
「本当の現場は、汚物処理もあれば親からのクレームも来る。果ては親同士の喧嘩まで、本当に神経をすり減らす仕事なんですけどねえ」
民進党が主張するように、保育士の給与を5万円引き上げても、こうした現場の苦労が理解されない限り、保育士が将来の展望を開くことができるようにはならない。つまりは人手不足の一時しのぎ、問題の先送りにしかならない、ということだ。
私が、民進党の案に無条件で賛成するわけではない、と述べたのは、この話を聞いていたからである。
さらに印象深かったのは、R先生が発した、
「子供が主人公ではないのか?」
という問いかけであった。
この問題は、再び保育園の話にこだわって、認可保育所と無認可保育所の問題を考えてみると、一段とよく見えてくる。
都道府県が認可を与えた保育所は、職員全員が保育士の資格を持つことや、園庭があることなど、いくつかの条件を見たさなければならない。
一方で、条件の一部を満たしていない、具体的には、保育士資格を持つ職員が全体の6割以上であればよい、といった無認可の保育所も存在する。
最近、TVの情報番組でもこの問題を取り上げていたが、およそ95%の父兄は、子供を預けるなら認可保育所がよい、と答えていた。理由はもっぱら経済的な観点から、
「認可保育所でないと無理」
ということである。
認可保育所は読んで字のごとく、自治体が認可を与えたものなので、公的な支援も受けている。この結果、無認可の保育所と比べると、保育料が一桁安かったりするのである。
では、無認可の保育所がよい、と答えた親はと言うと、
「対応がフレキシブルなので助かる」
というものであった。
認可保育所の場合,夜間や早朝の人手の確保が困難であるため、保育時間がどうしても制限される。この点、無認可の保育所はその分、制約が少なく、なにしろ24時間対応するところまである。
夜の仕事をするシングルマザーなどにとっては、有り難い存在に違いない……と言いたいところだが、まさしくこれこそ、R先生が指摘するところの、
「働くお母さんの利益ばかり語られている」
という話ではないだろうか。
実際問題として、待機児童問題に対して政府与党が示した解決策というのは、保育園の認可および子供の受け容れ条件の緩和である。
早い話が、保育園の定員をもう少し増やせば、その分だけ待機児童を減らせる、と言っているに過ぎない。
子供一人当たりの専有面積が狭くなり、保育士の負担は当然ながら増える。これでは子供の保育環境よりも、データ上の待機児童数を減らすことしか考えていない、と決めつけられても仕方ないであろう。
わが国の将来を担う子供たちを、よりよい環境で保育するには、どうすればよいのか。
この観点からの議論を欠落させて、
「保育士の給与をただちに一律5万円引き上げるべき」
「いや、それでは2400億円ほどの税負担に……」
などという「政策論争」を、どうして誰も不毛だと批判しないのか。
こんなことでは、子供を2人、3人産むことを躊躇する若い親が増え、したがって少子化に歯止めがかからないのも、当然ではないか。
(保育現場の声を聞こう(上) 日本の待機児童問題その3 の続き。全2回)
あわせて読みたい
この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。