三菱自「パジェロゲート事件」5つの違和感 その3
遠藤功治(アドバンストリサーチジャパン マネージングディレクター)
「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」
【違和感② 現経営陣の責任問題】
今回の事件、さて誰の責任なのか。マスコミ論調は経営陣、今回これを支持した某部長職、いや社員全員だ、そう、過去2回のリコール隠し以来、何も学んでいない隠ぺい体質が根付いた組織全体である、云々。本当にそうか?まず、前述した、カタログ燃費を実測燃費とかけ離れたまま何もしてこなかったお役所と自動車業界全般に、非があるのは明らかである。それを認めたうえで、この会社に目を移すと、昨年の2部長の更迭が気になってくる。
即ち、次期新型車の開発に伴い、車両の軽量化に携わっていた2人の部長が、その開発の遅れを上司に報告せず、結果、新車開発スケジュールの大幅遅延を招き、会社に多大な損害を与えた、といことで解雇された問題。新車開発は当然、自動車会社の根幹であり、4~5年の長期に渡るもの、その間、なかなか思った結果が得られず、技術的な壁に突き当たり、かと言って、予算の制約がある中で、開発費をふんだんに使える訳もない。“パジェロゲート事件”の背景もこれで、当初の燃費目標がなかなか達成できない中で、競合相手の新車燃費が、当社の目標よりも更に高いことが判明、現在の目標すら達成が難しい中、上司からは更にその目標を上回るよう指示が飛ぶ。期限までにどうしても達成できず、そこに不正に走る動機が生まれる、、。自動車の軽量化は燃費に大きく影響する項目。1部品1グラムとも言われる軽量化の推進、ここも遅々として開発が進まない中、上司からはその達成の催促どころか、目標値の更なる上乗せが指示される。
三菱自動車にとって不幸だったのは、過去のリコール等による経営危機で、何度も人員整理・リストラを行ったことで、優秀な人材を多く失ったことである。30代、40代のまさに会社の中核を背負うべき人材が、早期退職やふそうのダイムラーへの売却などに伴い、
大量に流出したことである。技術陣全体の量も質も低下したのである。
勿論、社内に優秀な人材はまだいるし、近年業績の回復に合わせ、中途採用を積極的に実施しているが、他の自動車メーカーも大量採用しており、思ったようには人材は集まっていなかったようである。何かプロジェクトを立ち上げても、人がいないのである。人に加え今一つ足りないもの、金である。研究開発費であり、設備投資費である。
2016年3月期の三菱自の研究開発費は820億円ほど。トヨタは1兆円、ホンダ・日産は5,000億円、自動車生産台数ではほぼ同規模のマツダでも1,250億円である。人と金が足りない、新車開発や新技術開発で後塵を拝した最大の理由、そしてこれは、過去のリコールがらみでの経営危機が遠因である。
経営陣からの指示がどうでも、出来るものは出来る、出来ないものは出来ない、勿論この難問をブレークスルーして競争に勝っていくのだが、言うは易しで困難の連続であることは容易に想像がつく。前述した自動車軽量化にしても、今回のパジェロゲートにしても、本当に部長指示だけでことは進んだのか、本当に経営陣は誰も知らなかったのか、実験棟で実際にやっていた部長以下の社員は、全くの無意識だったのか、いや知っていたが見ないふりをしていたのか、初めから全く知らなかったのか、全ては藪の中で、現在、第3社委員会が3か月という期限をもうけてその責任の所在も含めて調査をしている。
その結果を待たなければはっきりとしたことはわからないが、25年前から違法だと知りつつ、不正を続けるというのは通常不可能ではないか。物事のやり方が慣例化していて、一部の人間を除いて、大半の従業員がそこに疑問さへ挟まなかった、というのが現実的なところであろう。
ただ、相川社長が辛いのは、今回のことは何も知らなかった、というのは経営者失格であるが、実は知っていた、と言っても、経営者失格になるからである。社長に何から何までことを上げる会社は実は少ない。よほどのワンマン会社か、小規模の会社ならともかく、従業員3万人の会社で、社長が全て知っているというのは非現実的である。
一方で、社長を補佐する役員陣がどこまで把握しており、どの程度その役割を果たせているか、という点は、特に重要であろう。車体の軽量化に関して責任を取らされた部長陣、今回の不正で支持をしたのが某部長で、経営陣は知らなかった、これでは全く言い訳にはなるまい。
ただ、重要なのは、この不正は1991年から行われていた、もしそうなら、真っ先に糾弾されるべきは、現経営陣ではなく、過去の経営陣であろう、ということだ。勿論、現経営陣もこの不正を見逃し、他社から指摘されるまで気が付かない、というのでは責任は免れないが、現経営陣以上に以前の経営陣に今一度表に出てきてもらって、その説明を聞かねばなるまい。東芝のケースと同様である。
(その2の続き。その4に続く。本シリーズ毎日07:00配信予定)
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この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券 投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー
1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置(2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。
東京出身、58歳