三菱自「パジェロゲート事件」5つの違和感 その7
遠藤功治(アドバンストリサーチジャパンマネージングディレクター)
「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」
【違和感⑤ 三菱自の今後】
さて三菱自動車の今後である。メデイアの大半の論調は、“出直し”ではなく、“撤退”である。それも、客観的にその背景や経済合理性からの論点ではなく、ただ情緒的に、“懲りない奴らだから”、というものである。筆者がこれに組しないことは前述したが、一寸先は闇である。
国内販売は今後どの程度の期間に渡って実質的な業務停止が続くのか、国内操業はどの程度止まるのか、顧客等への補償がどこまで膨らむのか、訴訟リスクはないのか、そしてこの問題を考えるとき、ほぼ全員の行きつく先は、“今回も三菱グループは自動車を救済するのか”、という1点である。
前2回のリコール騒ぎ、それに続く経営危機、この際はグループ揃っての救済、特に銀行・商事・重工の3中枢による救済により、10数年の時間を費やしながらも、蘇った三菱自動車。ただ今回は様相がやや異なる。三菱各社も、会社を取り巻く環境も。
三菱重工業は三菱自動車に約20%を出資する筆頭株主。元々は重工の自動車部門が独立して三菱自動車が誕生。相川社長の実父が重工の相川元社長・会長であることはよく知られた話。今回も実父は自動車の救済に積極的と見られる(週刊新潮5月12月号)。
一方で、重工の業績がさえないこともまた事実。大型客船でミソをつけ、MRJが延期を重ね、米国では原発で多額の訴訟、業績の下方修正を繰り返し、2017年3月期の純利益は640億円。何と、三菱自動車の純利益890億円を下回る!
株価も397円(4月28日終値)と1年前から半減以下、株価は絶対値での横並び比較は出来ないものの、現実問題として、三菱自動車の449円(同上)よりも下なのである。
三菱商事も大変厳しい。2016年3月期業績を大幅に下方修正したばかり、純利益で従来予想の3,000億円から1,500億円の赤字へ、何と4,500億円の下方修正、大半はチリの銅事業に伴う減損処理なので、Cash outではないにしろ、資源価格の暴落によって業績は厳しい。大変興味深いことに、2016年3月期の決算、純利益で言えば、三菱自動車のそれは、三菱重工や三菱商事の水準を上回っているのである。
コーポレートガバナンスの厳格化も違う点か。前述した通り、10日間で株価は60%以上下落した。その要因の一つがコンプライアンスで、法令を無視するような企業への投資は禁止する、という内規を定めた機関投資家が多いのである。法令違反というだけで、すぐに株式売却の対象になる。
前回2000年代初頭に経営危機を迎えた三菱自動車、その時も三菱グループ内では、自動車を救済すべきかすべきではないのか、議論が紛糾したと聞く。それから10年強、時代は明らかに変わった。透明性、コンプライアンスの強化という面である。
機関投資家の行動はスチュワードシップコードというもので縛られるようになった。上場企業には、コーポレートガバナンスコードが導入された。社外取締役の任命が強制化された。ガバナンスコードは、各上場会社に、株主の権利が実質的に確保されるよう適切に対応し、株主がその権利を適切に行使することができる環境整備を行うことを求めている。
ただこれは三菱グループの金曜会(第2木曜日の昼飯会議)のような場で、極々内密で物事を決めるようなことがないように、というのが趣旨であって、大株主として、救済が是ならば救済するべき、ただそれだけのことである。
さて三菱自動車である。この会社の最大の強みはアジアとPHVである。世界100万台規模の販売台数のうち、日本は10万台、僅か10%で残りは海外、特にタイを中心としたアジアに強い。ここで利益を上げる収益構造に大きな影響が出ないのであれば、企業としての存続は可能との見方も出来る。
一方で、アジアは依然景気の低迷が続き、円高と合わせ、今期はなお販売・収益共に低迷するものと予想される。その中で前述のような損害賠償と販売減が同時に襲った場合、アジアでの強みを発揮できる前に、企業としての存続が危ぶまれる局面が出る可能性がある。損害賠償に耐えられるだけの、それも数年間に渡っての国内販売低迷という局面に於いても耐えられるだけの、金融機関からの支援があれば、何とかこの3万人企業は、首の皮一枚でつながるかもしれない。
ただ、この状態で残ったとしても、それが今後のビジネスモデルの最適モデルであるとは到底思えない。助ける助けない、ではない。生き残った後の最適なビジネスモデルを創出できるか否か、それが今回、生き残るべきかどうかを判断する最大の鍵であろう。
重工の自動車部門に戻るも有り、商事が自動車生産部門を持つのも一つのオプションであろう。私見だが、感情論で相川社長を退出させるべきではない。これからの再生のトップとしての責任を持たせるべきで、先代・先々代の責任を負わせるべきではない。処事光明に徹し、立業貿易・所期奉公の精神で再生させるべきである。
(本シリーズ、了。全7回、その1、その2、その3、その4、その5、その6も併せてお読みください)
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この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券 投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー
1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置(2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。
東京出身、58歳