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.経済  投稿日:2016/5/19

日産、三菱自を買収す その1


遠藤功治(アドバンストリサーチジャパンマネージングディレクター)

「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」

1. 日産+ルノー+三菱自=959万台は世界4位だが

4月20日に三菱が燃費不正問題を白日の下に晒してから僅か20日あまり、日産は三菱自への34%出資を発表した。数週間前にここで“パジェロゲート事件―5つの違和感”として、7回に渡ってこの事件を取り上げたが、筆者の考えは相応のペナルティーを払わせるにしろ、三菱自という企業体が無くなる、などといったことは決してさせてはならないと記した。

この見地からすれば、今回の日産による“レスキュープラン”で、取りあえず三菱自の存続自体が保証されるとすれば、結果オーライということにはなる。なるのだが、どうにも喉の奥に新たな違和感が残り、後味が悪い、モヤモヤ感が残る提携だとの印象が残って仕方がない、そう思うのは筆者だけであろうか。

今回、三菱自の第3者割り当て増資を日産が引き受ける、その出資額、2,373億円と報道された。筆者はこの金額が高いのか安いのかと20人以上の人間から聞かれたが、答えはシンプル、“超割安のバーゲンプライス”だと答えている。

今回の不正で三菱自は日産に賠償金を払うようだが、その金額は200~300億円程度とも推計される。仮にそうだとすると、日産が三菱自に投入する金額は、ネットで僅か2,000億円前後である。三菱自の時価総額は5月16日の段階で5,321億円、現預金は4,000億円強、借入金は殆ど無し、一株当たりの純資産は約700円、足元の株価は534円だ。

34%の出資比率というのは、株主として拒否権を発動できる水準、Fordがマツダを傘下に於いていた時と同じである。完全連結子会社ではないが、いつでも拒否権を発動できるということで、実質的な経営の主導権を取れることとなる。報道によれば、日産は三菱に会長職を含む、取締役4人程度を派遣する(全体では11人)という。

ただ、今回のこの実質的M&A案件は、何を隠そう、日産が引き金を引いたことで始まった。日産・三菱自合弁の軽自動車会社、NMKVで、次期の軽自動車を今回は日産が主導で開発することとなった。その参考にするために、この会社の第一弾である現行車の燃費を計測したところ、三菱自が主張している燃費とは程遠い数値が出た。このGAPについて日産が三菱自に問い合わせたところ、今回の不正が分かったという。

この説明自体になお違和感を持つ筆者ではあるが、100歩譲って全てその通りだとして、この指摘が三菱自の株価を1週間で半分以下に大暴落させたことは正真正銘の事実である(4月19日終値864円が、4月27日には最安値で412円をつけた)。仮に今回の提携合意が、株価下落の前に発表されていたとすれば、日産は倍以上の資金が必要だったことになる。果たしてこれは偶然の産物なのか。

今回の提携が“あまりに迅速にまとまりすぎている感”がある。勿論、提携交渉はスピードと極秘交渉が必須で、極々一部の交渉団が、他からライバルが出てこないうちに、ターゲットを取り込まなくてはならない。ただその一方で、出資する金額はミニマムに、リターンはマキシマムに、スキームを組み立てる必要がある。

仮に今回、不正問題がなく、株価が1年前と同水準であったら、このようなスピードで提携がまとまったのか、答えは明らかに“否”であろう。そもそも不正が無かったのならば、株価が半減になるような経営危機が三菱自に来ることもなく、三菱自にとって提携を加速させなければならない理由は無い。

日産側から見ても、提携自体の理由づけはあるにせよ、これほどの短期間でまとめなければならない理由は無い。三菱自が今回の不正で再度経営危機に陥るかもしれないし、今後どの程度の損害が発生するのか精査されたとは到底思えない段階で、34%出資を決めるというのは“スピード感”がありすぎる。シャープ、鴻海の提携時、最後の最後で、シャープに隠れ負債が見つかった例もある。

益子会長もゴーン社長も、今回の件が突然出てきた話ではなく、既に2011年頃から、自然な流れとして念頭にあったと話している。またゴーン社長は、今回の不正がこの提携話を加速させた感はあるとも言っている。それはそうだろう。日産が燃費のGAPを指摘し、株価が半分以下になり、これは投資として千載一遇の好機、結果出資を決めた。株式は割安の時に買うもの、当たり前である。結果としてこうなったのか、何かシナリオが前もって出来ていたのか、どうにもモヤモヤ感が残るのである。

その2に続く。本シリーズ全5回。毎日11:00配信予定)

  


この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券  投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー

1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。

東京出身、58歳

遠藤功治

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