円を目指すな、三角を極めよ
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
最近のパラリンピックに関する見方で、厳しい状況に耐えて努力して強靭な肉体を手に入れた人々という捉え方がどうしても好きになれない。それは確かに彼らを見ていて間違えないことなのだけれども、一歩引いてみると障害と能力を手に入れることはトレードオフでもある。
例えばサヴァン症の人が人よりも極端に優れた記憶力を持っていたり、または赤色が認識できなかったゴッホが素晴らしい色彩で絵を書いていたとされている。それを見て何かの能力が欠けている中で頑張って人よりも優れた結果を残した人々という捉え方もできるかもしれない。一方で、その特徴がなかったら、本当に人と違うような表現ができたのかという観点もある。
私は人間の最大の能力は適応であると思っている。私たちには与えられた環境に適応する能力が備わっている。もしも、若くして視力を失えば視覚に関わる脳の一部が聞くときに反応する。それを努力で手に入れたと言えるかもしれないが、私は人間の適応と表現した方がしっくりくる。
“あるべき姿は完全な円であり、三角に生まれついた人がその完全な円に近づこうとすることが努力である。そして、その象徴がパラリンピックである”と言われている気がしてならない。私は本当の努力は三角を極めることにあると思う。
パラリンピックが面白いのは、その適応を極端な形で成功させている人々の、工夫のプロセスにあると私は思っている。各スポーツ選手の体型が変化していくように、それぞれの障害の種類と競技特性によって、身体が適応している。
サヴァン症候群の人が、トレーニングをして多少言語が扱えるようになった結果、記憶力が失われたという報告もある。それを才能が失われたという人もいる。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。