スポーツ  投稿日:2016/8/9

「流す」技術が勝敗を分ける

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為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

陸上の日本選手権が全日程を終了した。ちょうど軽井沢で会合に参加をしていたので、ほとんどはビデオでレースを見ていたけれど、なんとなくレースマネジメントというのが印象に残った大会だった。

今は陸上の男子400Hにとても良い選手がいて、彼が今回優勝していたのだけれど、予選、準決勝、決勝と3ラウンドを重ねることに慣れていない印象を持った。100mもまたマネジメントがうまくいったかどうかが勝負に少なからず影響を与えたように思う。

よく予選や準決勝などで、陸上選手はなぜ最後に力を抜くのですかと言われる。我々の世界ではこれを“流す”というが、その目的が今ひとつ理解されていないと感じる。私の場合は目的が二つあって、一つは体力温存のため、もう一つはレース全体を通して流れを作るためだった。

体力温存の方は理解されやすい。アスリートの競技力が高くなるということは、全体のキャパシティ自体が大きくなるという方向もあるが、もう一つの方向としてキャパシティギリギリまで力を出せるようになるということもある。器の大きさと器の活用量の違いだ。ところがそれは同時にぎりぎりまで力が出せてしまうことにもなり、ハードパンチャーが自分の拳を壊せてしまうように、自分の力で自分の足を壊せてしまうほど力が出せるようになる。当然ダメージも大きい。

私の場合は本当に全力でレースをすると回復に24-48時間ぐらいかかった。1日に一本走ればもう翌日かその翌日ぐらいまでは同じレベルのパフォーマ ンスはできなくなっていたから、その全力の一本をいつ出すか、またその一本を出す前にダメージを残さないようにするにはどうしたらいいか、いつも考えていた。

もう一つのストーリーの方は少しややこしい。短距離選手は前のレースの動きを引きずるということがある。準決勝で最後にバタバタしてゴールしてしまった流れが決勝も続き、負けてしまうということがよくある。レースそれぞれが細切れになっているのではなく、予選から決勝まで薄くつながりができているようなイメージでいた。

前のレースでの動きが次のレースに影響する。だから流し方もただ力を抜けばいいというものではなく、うまく動きを噛み合わせたまま流すようにしていた。当然力いっぱい走り切れば次につながるというものでもない。

ハードル間に歩数制限のある400Hでは、同じ歩幅で走らなければならないために、ピッチの上げ下げでスピード調節をするしかない。ラウンドに強い選手は何種類かのピッチで走っても体力をそれほど消費せず、かつリズムも崩さず走ることができるが、弱い選手は同じストライド・同じピッチ以外で走ると途端に動きが悪くなり体力を消費してしまっているように見えた。こういう選手はせっかく流しているのに無駄に力を使ってしまっている印象があり、実際に一発レースは強かったが、ラウンドを重ねて走るのが苦手だった。

結局のところ陸上競技は決勝で、どんなレースをするかということに尽きる。予選も準決勝もその前段階にすぎない。流すことも技術で、予選、準決勝の流し方のうまいへたを見ながらよく選手同士で決勝の勝ち負けを予想していた。そういうところまでわかってくると俄然陸上競技も面白くなってくるのだが。

(為末HPより)

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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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