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.国際  投稿日:2016/8/25

なぜ摂政ではいけないのか 知られざる王者の退位その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

漏れ聞くところによれば、8日に「お言葉」が放送された後、自民党内の改憲強硬派と、彼らの理論的バックボーンである保守論壇から、

「これで〈摂政カード〉が切れなくなった」という、嘆きとも憤りともつかぬ声が聞かれたそうである。さもありなん、と思う。

もともと、天皇が生前退位の意向を表明された、との情報は7月初旬にはマスコミが伝えるところとなっていた。一時は「誤報・デマ」と声高に言う人たちもいたが、ほどなく事実が明らかになった。

この報を受けて、日本会議の副会長を務める小堀桂一郎氏は、7月16日付の産経新聞紙上で、早くも反対意見を述べている。概略紹介すると、生前退位の前例を作ることは、「事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である。(中略)この事態は摂政の冊立を以て切り抜けるのが最善だ、との結論になる」

日本会議は最近よく知られるようになってきたが、憲法改正を求める政治・文化団体で、安倍政権の大きな支持母体である。副会長の小堀氏は、東大名誉教授で保守派の論客として知られる文学者。本来の専門はドイツ文学だが『萬世一系を守る道 なぜ私は「女系天皇」を絶対に容認できないのか』(海流社)などの著書がある。

その小堀氏が言う「この事態」とは、天皇の高齢と健康上の不安であるが、これについて摂政の冊立が解決策だとの意見は、「お言葉」において以下のように明確に否定された。

「天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません」

これはまさしくこの通りで、摂政という制度は、天皇の地位は終生のものという前提で存在している。あくまで緊急避難的な措置なので、天皇の高齢と健康不安という事態に対する本質的な解決にはなり得ないのである。

問題は、まだある。「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」明らかに「自粛ムード」一色となった昭和の終わりを念頭に置いての「お言葉」だろう。

縁起でもない話であることは自覚しているし、不敬かつ不謹慎だ、とのお叱りは甘受するが、しかしながら82歳になった「天皇個人」の自然な感情として、(東京五輪と平成の終わりが一度に来たら、どうなるか)との懸念がなかった、と考えることは難しい。この「お言葉」を、国民はどのように聞いたか。

9日から11日にかけて、日本経済新聞とTV東京が合同で行った世論調査によれば、実に89%の人が、生前退位を認めるべき、と回答している。さすがに政府も、これは無視できないが、当の安倍首相は、全国放送された後、「なるべく陛下のお気持ちに沿う形で」

などと、通り一遍のコメントをするにとどまった。

簡単に答えられない、ということは、よく分かる。生前退位=譲位となった場合、現天皇の呼称はどうするのか。新元号はどのように決めるのか。クリアせねばならぬ法的問題が、山のようにある。難題であることは十分に理解した上で、あえてこれも繰り返し述べるが、天皇の年齢を考えたならば、だらだらと議論を引き延ばすなど、あってはならぬことだ。

しかしそうなると、現在の政党状況なども踏まえて考えた場合、「現天皇一代に限った特別立法で生前退位を認める」といったあたりが落としどころになるのではあるまいか。とどのつまりは「新たなる解釈改憲」にしかならない。こんなことを、国民はいつまで許しておくのだろうか。


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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