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.国際  投稿日:2016/9/19

潘基文氏は国連で何をしたのか その5 この人事を歓迎した日本政府


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

潘基文国連事務総長はとにかく日本に対しては国連代表というよりは母国の韓国の政府の意向をくみとるかのような発言が多いのだ。とくに慰安婦問題ではいつも韓国政府の主張を全面的に支持して、日本を一方的に非難する言辞ばかりを発してきた。

なにしろ韓国というのは日本の固有の領土の竹島を武力で占拠したままの国なのである。日本とは核心部分で利害の対立のある相手国なのだ。そんな敵性のにじむ国から国連全体の代表が選ばれることは、日本にとって有利なはずがない。日本政府にはあまりに自明なことではなかったのか。

しかし前述のように日本政府は2006年の潘氏の立候補中からこの人事への賛意を述べていたのだ。時の日本の国連大使の大島賢三氏は早くから再三の支持表明をしていた。だがいまやこの韓国人元外交官が国連事務総長というポストにふさわしい人物ではなかったことは、誰の目にも明らかである。

とくに潘総長の日本に対する態度は控えめにいっても「公私混同」だった。率直にいえば、潘氏は日本に対しては機会あるごとに国連の衣を利用して、韓国側の感情を代弁する批判や嫌みの言葉を吐き続けたのだ。そもそも韓国政府の外交官を長年、務め、閣僚ポストにまで就いた人物が国連では「韓国ファクター」を薄めて、日本に対して客観的な態度をとるはずがない。

だから日本政府が藩氏の事務総長就任に反対しなかったことは重大な外交ミスだったと言わざるをえない。藩氏の人事を認める流れが当時の国連での大勢だったとしても、日本は国連での巨額な拠出金の支払い国としての重みを活かして、効果的な反対キャンペーンを打ち上げることができたはずだった。今からでも遅くはない。日本政府としては藩氏の欠陥を正面から提起して、国連の歴史に残すべきであろう。

しかし私個人としては最近の日本での潘総長への批判の噴出をみていると、つい「だから言ったではないか」という皮肉な思いを禁じえない。私は潘氏が国連事務総長の有力候補となった2006年、「日本はたとえ世界でただ一国となっても、その任命には強く反対すべきだ」と主張していたからだ。

私は潘氏の国連事務総長としての不適格性を単に反日の背景に留まらず、多数、具体的にあげての反対論を複数のメディアに発表した。当時の日本の公開の場では私の知る限り、唯一の潘国連事務総長反対論だった。だが外務省はさっさと賛意を表明していた。だから現状をみると、子供じみた感情だとしても私はつい「それみたことか」と感じてしまうのだ。

そもそも韓国の代表を国連事務総長にすることには無理があった。日本に対する特別な態度を除いても、国連の伝統的な基準からしての障害がいくつかあった。藩氏自身の個人の能力は別にしても、「韓国政府の代表」が国連事務総長になること自体に構造的や伝統的なマイナス点がいくつかあったのだ。韓国という国家の代表に国連事務総長としての純粋な中立性を求めることには、始めから無理があったともいえたのである。

その実情は私が駐在するワシントンでも各方面から指摘されていた。ただし時のブッシュ政権が強く潘氏を推薦したこともあって大きな流れにはならなかった。だが日本政府としてはそれらの障害を指摘しての潘総長反対論を展開することはできたはずなのである。

それらの障害とは以下の諸点だった。米側の専門家や識者たちも提起していたのだ。

 

・韓国は厳密にはまだ戦争状態にある分断国家である。国際法的に変則な地位の国は、すべての国に対して平等、円滑に接することが難しい。

・韓国はアメリカの軍事同盟国である。過去の事務総長は大多数が非同盟や中立の国家の出身だった。アメリカとの二国間軍事同盟の相手国は国際的調停役としては抵抗にあう。

・韓国は国連が重視する人権擁護に徹していない。2003年の国連人権委員会では、韓国は日本人拉致を含む北朝鮮の人権弾圧への非難決議に棄権して批判を浴びた。

 

以上のような韓国のマイナス面も語られていたのである。

そのうえに韓国が年来、持つ反日体質はあまりに明白だから、韓国代表の国連事務総長就任は日本にとって不利、不便、不快となり、結果として有害となることは容易に予測できたわけだ。

だから私は事前に反対論を述べたのだった。日本政府が潘人事に対しては早い時期から絶対反対を表明することを主張した。その背景には私自身が長年の国際体験で韓国人が官民を問わず、国際的な場では日本に対してなにを述べるかをよく知っていたこともあった。

しかし日本の外務省は逆の動きをとった。当時の麻生外相はこの種の問題では非官僚的な思考の持ち主だろうと期待したが、むなしかった。早々と賛意を表し、潘氏の人事への祝辞まで送ったことは前記の通りである。

日本政府もいまやあまりにも明白な潘総長人事の失敗を教訓に、国連への奇妙な遠慮を棄て、自国の利害を毅然と主張する冷徹で現実的な新国連政策を構築することを最後に改めて求めたい。

(このシリーズ了。その4の続き。その1その2その3。全5回。この記事は月刊雑誌「月刊HANADA」2016年10月号からの転載です。)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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