[江藤真規]母親にも学びの機会を
江藤真規(サイタコーディネーション 代表)
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母親の生き方は大きく変わった。現在は女性が自分らしい仕事を追求できる時代となり、子どもを育てるということと、仕事をするということが並立できる環境となった。その両立を実現し、女性の力を社会に還元するためには、子どもを預かる施設の準備が急務であるのと同時に、私にはもう一点追求したいものがある。それは母親の学びである。
私が子育てをしていたころ、私は母親であり、社会人という意識が欠如していた。正確には「どうせ自分は社会人にはなれない」というネガティブ発想である。社会人としてバリバリ仕事をしている友人が羨ましくて仕方なかった。そしていつかは自分もそうなりたいと願っていた。
今、私は昔からの願いが叶い仕事をしている。そしてつくづく感じるのは、母親としての経験は決して仕事と乖離したものではなく、その経験も仕事にいかしていくことが出来るということである。母親として感じてきたことや、母親目線で見える世界は、社会にとって貴重な意見として扱ってもらえている。加えて子育てをしながら身に着けてきたコミュニケーション力や共感性なども、ビジネスの世界において非常に役立っているように思う。
たとえ子育てが一段落するまで子どもと向き合う生活を送ったとしても、それ以降の社会復帰は不可能ではないということを悟ると同時に、逆説的ではあるが、何も社会に意識を向けずに我が子だけを見ていては、その後の社会復帰は難しいようにも思う。母親の目が我が子だけにあり、視点が我が家というミクロな世界にのみある場合には、それは単なるその人の体験談に終わってしまうからである。子育てをしながら、社会では何が起こっているのかに目を向ける、子育てをしながら疑問に思うこと、課題と感じることを仲間や家族と話してみる。家庭から外に目を向けることによって母親の視野は大きく広がり、それがいずれ訪れる社会復帰への大きな後押しになると思う。
母親の視野を広げるための一番の方法は、学びの機会を得ることだろう。そもそも働く人生を選んだ女性も、母親として一時家庭に入る事を選んだ女性も、そのポテンシャルには何も変わりはないはずだ。同様の教育を受け、同様の時代を生きてきている。ただ、なぜか今の日本社会では、「母親になる=もう学ばなくていい」という風潮があるように思う。
あなたは子育てだけしていればいい、子どものためにだけその知恵を使えばいい、という具合だ。しかし私は母親だからこそ学んで頂きたいと思うし、母親だからこそ学びの機会を得やすいと思うのである。フルタイムで仕事をしている人には、学ぶ時間は限られている。しかし子育てをしながらの毎日には、短い時間ならば学びに充てられる時間が間違いなくある。一日30分でも自分の時間を持つ、好きなことを学ぶ、視野を広げ仲間を作る。こんな活動が自分自身の未来を構築するのと同時に間違いなく子どもにもいい影響を与えるはずだ。
「女性の学び=趣味的な物」、という発想を取り除き、女性の学びの幅が広がる事を願って病まない。子育てをしながらたくさんの知識を得て、そして自分らしいスタイルで社会と接続する人が増えていけば、それは大きな国力になるといっても過言ではない。たとえ組織に属さなくても、女性がそれまでに培ってきたセンスでサロン的起業をする、そんな起業家がたくさん集まれば大きな力となることは間違いない。今までの男性目線では気づかなかったことがそこにはたくさんあるはずだ。
まずは学びの機会を作っていこう。
勉強をするのは決して子どもだけではないのである。
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