『日本解凍法案大綱――同族会社の少数株、買います!』1章 同族・非上場会社の少数株 その3
牛島信(弁護士)
「とにかく。大日本除虫菊の株を持っていたおばあさんが死んで、気の毒なことになる運命の男がそいつの一部を相続したんだな。わずかなものだ。さっき200分の1といったが、正確には全体の0.49%だ」
「そりゃまた、ほんの少しだな」
「ああ、そうだ。男が一族だろうがなかろうか、0.49%なら465万の価値しかない。税務署もわずかな相続税で満足して、めでたしめでたしってはずだった。
ところが、この男の不幸はもともと男が4.99%の大日本除虫菊の株を持っていたことだ。おばあさんの株を相続するよりも前からだ。ほら、同族の一人だって言ったろう」
「4.99と0.49を足すと5.48になるな」
高野がさっと計算してみせる。
「さすがだな。そこがポイントなんだ」
「5%を超えるとなにかが起きるのか?」
「ああ、そうだ。運の悪い男だよ。そのほんの少し相続した分が、元から持っていた株に乗っかったので、合計すると5%を超えてしまった。それが問題の全てだ」
「え?なんだって?」
「5%が税務署の決めた基準でね。5%以上になると評価方法がガラッと変わる」
「だけど、その気の毒な男は持ち株の割合が5%になったからって役員にでもなったのかい?」
「なっていない」
「じゃ、別になにも得してないじゃないか」
「そのとおりだ。なにも得してない。だが、税務署には別の見方があるってことだ。
5%もあれば、経営に影響があると考えるんだ。だから、もう配当が年にいくらって話じゃない。会社がどのくらいの価値を持っているかが問題になる。
もしその男がオーナー社長なら、誰だって当然だと思うだろうさ。
会社の名義のものは、ボールペン1本から会社のビルまで社長のものだ。だから、税務署も会社の財産がどれだけあるのか、利益をどのくらい上げているのかを考慮にいれて株の価値を決める。配当してませんなんて言ってみたって、配当の額は過半数の株主が決める。つまり社長だ。
51%持っていれば、自由自在に社長を選ぶことができるからな。筋がとおっている。
だが、気の毒な男の場合は違った。経営とはなんの関係もない。会社にはちゃんと社長がいて、男とは5親等の関係だったというだけだ
5親等っていえば、兄弟が2親等、オジ、オバが3親等で、いとこが4親等だ。その子どもや親ってことになる。
その男が社長に近い立場、たとえば専務とか常務とかで給料でももらう立場でも、株が5%てことにどれだけ意味があるか、あやしいところだ。だが、税務署はそう見ない」
「そんなバカな」
「男もそう思った。それで、裁判を起こした」
「で、勝てなかったのか。そういうことなのか」
「そういうことだ」
「1億の借りを税務署につくって、そいつ、自宅を売ったのか?」
「そこまでは分からん。しかし、税務署に金を払ったことは確かだろうな。
男は思ったね。税務署は理不尽かもしれないが、日本は法治国家だ、かならず裁判所が救ってくれる、と。裁判所を信じていたんだろうな。
だが、最高裁までが税務署の味方だった。無茶苦茶だが、現実に起きた話だ。今も、毎日、日本中で起きている。
大事なのは、誰にでも起きることってことだ。男は不運だった。しかし、交通事故に遭う人間も不運だという意味では同じだ。交通事故に遭う前に、自分は不運だから今日は交通事故に遭う、なんて思っている人間はいない。
しかし相手が悪い。税務署だからな。見逃しはない。徹底的にやられる。
1億円なんて、ふつうの人間には払えない」
「えーっ、どういうことなんだ?日本は法の支配ってものがあるんじゃないのか」
「逆だよ。法の支配があるから、そうなったのさ」
「ばかな」
「ばかな話さ。でも、オマエも俺も税金からは逃げられない」
「そうだよな。俺は母親の持っている株、たってオヤジの作った小さな会社の株だがね、そいつを相続するからな。他人事じゃない。俺の子どもたちは俺の会社の株を相続する。
なまじ多少の財産があると心配事がついてまわる。因果な話だ。金がなきゃこの世は闇だ。金が合ったらあったでこの世は地獄か」
高野は大きな溜息をついた。大木が追い打ちをかける。
「税金は、少しでも金を持っていれば、稼ぎがあれば、向こうからすり寄ってくる。オマエなんか莫大な資産を持っているから税務署から見れば蜜の壺ってとこだな」
「うるさい!俺のは莫大なんて話じゃない。ささやかなもんだ」
高野は大木を睨みつけると、独り言のように、
「それにしても恐ろしい話だな。今、この瞬間にも、自分がそんな目に遭うとも知らずにノホホンと暮らしている非上場株の少数株主っている連中が、この日本のなかにたくさんいるってことだ」
それを聞いた大木の顔に皮肉な微笑みが浮かんだ。
「そのとおり。大日本除虫菊の株主だった気の毒な男のように、な。しかも、税務署の目はそういう善男善女を決して見逃さない」
「まるで地雷のうえで暮らしているようなものじゃないか」
二度目の溜息を高野がもらした。
大木がつられて軽い息をつく。
「地雷か。そうだな。ま、命はなくならないから地雷よりはましかもしれなんがな。
だが、地雷は爆発するとは限らないが、こいつは税務署管理の地雷だから、どうかな」
高野は、テーブルから乗り出すようにして大木に顔を近づけると、
「冗談じゃない。いやいや、怖れていてもだめだ。敵を知り、己を知れば、百戦して危うからずだ。
自分がどんな地面のうえに暮らしているのか、調べてみることだ。わかれば、対策も考えられる」
背もたれに体を戻した高野は厳しい顔つきになっていた。
大木も話がおわった合図のように座面の下にあるボタン触れ、体を預けるように背もたれを後ろに倒した。
「で、高野、どんな話なんだ非上場の株を買ってくれっていうのは?」
(第2章その1に続く。第1章その1、その2も合わせてお読みください。毎週土曜日11時掲載予定)
あわせて読みたい
この記事を書いた人
牛島信弁護士
1949年:宮崎県生まれ東京大学法学部卒業後、検事(東京地方検察庁他)を経て 弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事) 1985年~:牛島法律事務所開設 2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更、現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士56名(内2名が外国弁護士)
〈専門分野〉企業合併・買収、親子上場の解消、少数株主(非上場会社を含む)一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。
牛島総合法律事務所 URL: https://www.ushijima-law.gr.jp/
「少数株主」 https://www.gentosha.co.jp/book/b12134.html