トランプ外交の危うさ急浮上
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー(12月5日-11日)」
今週は突っ込みどころが満載だ。まずはトランプ外交から。トランプ氏の台湾・蔡英文総統との直接電話にはさすがに驚いた。勿論、偶然のはずはない。周到な準備なしには実現しない、確信犯的な行動であることは間違いなかろう。ここにトランプ外交チームの危うさを感じるのは筆者だけだろうか。
中国側は、文字通り、慌てふためいたのではないか。王毅外交部長は「台湾側の小細工」だと切り捨てたが、彼の表情は怒りと焦燥感に満ちていた。彼の責任ではないが、中国外交にとっては大失態だろう。トランプ氏の言動は、中国側が理解する1972年以来の米政府の立場を逸脱しかねないものだからだ。
筆者の見立てはこうだ。トランプ氏は外交安保問題に深い関心を持たず、そこには「知的空白」がある。しかし、共和党系のまともな外交安保専門家が新政権の中枢に入っている可能性は低い。されば、トランプ政権の外交安保政策は誰かに乗っ取られつつあるのではないか。詳しくは今週木曜日の産経新聞コラムを読んでほしい。
〇欧州・ロシア
4日、イタリア首相が自ら仕掛けた国民投票で憲法改正案は大差で否決され、同首相は辞意を表明した。これは同国での極右の動きとは直接関係のない、単なる同首相の政治力不足、判断ミスの結果ではないかと思う。いずれにせよ、英国のEU離脱で国民投票を仕掛けた前英首相と同じ末路だ。政治家が弱くなったということか。
ただし、これでイタリアの総選挙も早まるので、反ユーロを主張する「五つ星運動」などが躍進する可能性も残っている。まだまだ、油断は禁物だろう。一方、もう一つ注目されたオーストリア大統領選挙は、対抗馬だった極右の候補を振り切り、リベラル系緑の党の元党首が当選した。これが欧州の良識だと信じたいのだが・・・。
〇東アジア・大洋州
9日に韓国議会が大統領弾劾の採決を行う可能性があるらしい。それにしても、韓国の大統領は何と哀れなことか。これまで誰一人として、元大統領としての威厳と矜持を保った政治家はいないではないか。韓国のマスコミは同国の前近代的、封建主義的政治状況を憂いているが、そのマスコミの責任も小さくないのではないか。
現在ジャカルタで、中国が主導する多国間貿易交渉RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)が開かれている。TPPは当分動きそうにないが、これを廃棄してはならない。せめて塩漬けか、フリーズドライにできないものか。捨てるのはあまりに勿体ないと思うのだが・・・。
〇中東・アフリカ
10日にパリでシリア反体制勢力の会合が開かれるが、一体何を話すのだろうか。米国やトルコが支援しているのだろうが、その支援の内容は中途半端だし、武器の一部はISに横流しされているという噂も絶えない。トランプ政権が早期解決のため前のめりになれば、それこそプーチン大統領の思う壺だろう。解決の道は遠いということか。
〇南北アメリカ
12月26-27日に安倍首相がハワイの真珠湾を訪れ、オバマ大統領と最後の首脳会談を行うという。成熟した同盟国同士だが、いや、だからこそ、このように和解のレベルを高めていくことが重要なのだと思う。日本総理の真珠湾訪問と米大統領の広島訪問はパッケージであり、オバマ大統領在任中にやるべきことなのだろう。
〇インド亜大陸
8日に米国防長官が訪米する。それにしても、オバマ政権下で軍事・安全保障の分野で米印関係が着実に進展しているようだ。これも、中国のインド洋進出を念頭に置いたものなのだろう。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。