ギャンブル依存症大国の汚名返上せよ
田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会 代表)
IR(カジノ)法案が、12月15日未明に成立し、日本にもカジノが建設される道が開かれた。カジノができることには正直複雑な思いもあるが、これだけギャンブル依存症問題が顕在化し、議論されるに至るには、カジノのような起爆剤がこの国では必要だったということは素直に受け入れている。
また参議院内閣委員会の採決直前の土壇場で修正法案が出され、ギャンブル依存症に触れられたことは、私としては大きな驚きと共に、関係各位の尽力に感謝している。
修正を加えられた部分は2カ所あるが、ギャンブル依存問題に関係する部分は、以下の通り。下線部分の「ギャンブル依存症等」という文言が加えられた。
「(第十条第一項第八号関係)カジノ施設の入場者がカジノ施設を利用したことに伴いギャンブル依存症等の悪影響を受けることを防止するために必要な措置に関する事項」
「たったこれだけのこと?」と分かりにくいかもしれないが、そもそも今回の法案は「推進法」であって、これから「実施法」が作られることになるので、大ざっぱなことしか書かれていない。土壇場に来て法案を修正してまで、「ギャンブル依存症等」の文言を加えてもらったことは、実施法に向けてギャンブル依存症対策を盛り込むための大きな布石となった。
また、参議院での附帯決議には、「カジノにとどまらず、他のギャンブル・遊技等に起因する依存症を含め、ギャンブル等依存症対策に関する国の取組を抜本的に強化するため、ギャンブル等依存症に総合的に対処するための仕組・体制を設けるとともに、関係省庁が充分連携して包括的な取組を構築し、強化すること。また、このために充分な予算を確保すること。」という項目も加えられた。附帯決議には法的拘束力はないが、「遊技」の文字も盛り込まれたことは、関係者も本気だと理解している。
課題はなんといっても「財源」で、依存症対策を推進する上で、売り上げや入場料から対策費を拠出することは必須で、おそらくカジノに関しては、これが実現するであろうが、既存ギャンブル及び遊技に関しても、対策費の拠出が実現するかどうかが日本のギャンブル依存症対策推進の上で欠かせない条件だと考えている。
何故なら、日本は既にギャンブル依存症が蔓延しており、現在536万人、実に成人人口の20人に一人が罹患していると言われている。(厚生労働省研究班調べ2014年)この上、新たに「カジノ」というギャンブル場が建設されるのであるから、当然このままでいってしまえば問題は広がるばかりである。
しかしながら、カジノは明日できるわけではなく、少なくとも今から4~5年、もしくはもっと時間がかかるのだ。その間に何がなんでもこの「ギャンブル大国日本」を「ギャンブル対策国日本」へとシフトチェンジさせなくてはならない。だとしたら対策費は相当額を考えねばならない。それは、これまで厚労省がわずかにつけてきた予算数千万円~1億円等という規模では到底間に合わない。少なくとも世界基準に見合った対策費を投入すべきであろう。
例えば、お隣韓国では7つの公営ギャンブルと、自国民が入れるカジノを1カ所抱えているが、依存症対策費はそれらギャンブル産業の売り上げの中からおよそ22億円が拠出されている。日本もギャンブル依存症の現状は韓国と似たり寄ったりであるが、人口比を考えたら、日本はおよそ50億円必要ということになる。それでも韓国は、まだまだギャンブル依存症の問題は蔓延しており、日本も、カジノ建設までに対策を徹底的に研究しなくてはならないと考えており、既存ギャンブル産業からの対策費拠出は当然免れぬであろう。
果たして、自分たちとは一切関係のないカジノが生まれるからといって、すでに既得権まみれのギャンブル省庁が、これに応じるのかどうかというと、非常に難しい問題だと考えている。但し、こうした取組みがIRを契機に実現すれば、日本もようやく世界の依存症対策の水準に近付くこととなる。是非とも、推進派の皆様には、この問題に大ナタをふるうつもりで、取り組んで頂きたいと思う。
さらに、これらの問題をクリアしたとして、どこの省庁で今後依存症対策を担うのか等、まだまだ課題の積み残しがあるが、財源が確保できればそれは日本のギャンブル政策の大きな転換点となることは間違いない。
一部政党や議員の中からは、ギャンブル産業から依存症対策費を担わせるのはマッチポンプだ、などという批判があるが、実は全く逆で、それこそが世界のスタンダードである。逆に、ギャンブル依存症問題の処理を、税金でまかなうほうがよほど不公平ではないだろうか。
ギャンブル依存症は誰でもかかりうる病気とはいえ、ギャンブルをやらなければかからない病気なのだ。でありながら税金を使って回復支援をするとしたら、ギャンブルをやらない人達からみたら納得できない話であろう。我々依存症者の側から見ても、税金は難病治療や母子の支援、貧困対策など可及的速やかな支援が必要とされているものに使って頂きたいと思う。
またこれまでの報道を見ていても、日本人が考えているギャンブル依存症対策は実に規模が小さく、そんな程度の取り組みでは効果は少ないと考えている。相談窓口の設置や、医療機関の拡充などという施策で、ギャンブル依存症問題の解決になどなる訳がない。ギャンブル依存症者は年齢も様々で、問題は多岐に渡っており、どこから相談が舞い込むか全く予想がつかないのだ。だからこそより多くの人達に正しい情報をインプットしておいて貰わねばならない。とすると日本の人口およそ1億人に正しい知識を啓発するとして、例えそのための費用が一人10円だったとしても、10億円以上かかるのだ。
カジノができるまであまり時間がない。是非ともIR法案を通過させた電光石火のスピードで、ギャンブル対策に取り組み、既存ギャンブル産業の協力を取り付けて頂きたい。少なくとも、それが具体的に見えてこない限りは、実施法は通すべきではないと考えている。IRを契機に、日本のギャンブル政策が推進され、一刻も早く「世界最悪の罹患率」の汚名を返上して欲しいと切に願っている。
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この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表
1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。