児童手当の問題は所得制限だけではない
田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)
【まとめ】
・児童手当の支給は「収入の高い方」、すなわち父親に自動的に振り込まれているケースがほとんど。
・「児童手当の振込先は家族で選択できる」と法改正すれば、夫婦の内、子どものために使える方に振り込まれることになる。
・当会では今後「児童手当法4条3項」の改正を求めて働きかけを行っていく。
政府は3/31に少子化対策の「たたき台」を公表したが、その1つとして児童手当の所得制限の撤廃が盛り込まれていた。そして4/1にはこども家庭庁が発足した。
もちろん私たちのようなギャンブル依存症者を抱える家庭でも、児童手当の所得制限は有難い措置である。「ギャンブル依存症」と聞くと、世間の人は働きもせず、落ちぶれ、家族もいない、一発逆転を狙う怠け者というイメージを抱きがちだが、実際には、バリバリに仕事をしているサラリーマンや自営業者が殆どである。そもそもギャンブルは金がなければ賭けることすらできない。むしろ収入が高いがゆえに、高額の借金ができてしまうケースも多い。世帯年収は1千万円以上あっても家族は貧困状態に陥り、子ども達は塾や習い事にも行かれず、大学は奨学金で行くしかないという状況になっている。そして収入の高いギャンブル依存症者の家庭は、児童手当や、高校無償化のような恩恵に一切預かれなかった。今回の改正は明るいニュースではあるものの、児童手当には支給方法に関する大きな闇がある。
本稿では、現在焦点の当たっている児童手当について、ギャンブル依存症問題の起きている家庭が突きつけられている現実、行政の無理解による困難を書きたい。
1)児童手当の支給は「収入の高い方に振り込まれる」
児童手当は児童手当法第四条三項によって「(中略)当該父若しくは母、未成年後見人又は父母指定者のうちいずれか当該児童の生計を維持する程度の高い者によつて監護され、かつ、これと生計を同じくするものとみなす。」とある。
これによって殆どの場合で、児童手当は父親に自動的に振り込まれているのが現状である。この国の運用が私たちのような「夫が金銭的に問題を抱えていて、家計を顧みない」という家庭では大問題となっている。夫は、支給された児童手当をギャンブルに使い込んでしまうが、この振込先を妻の口座に変更して貰うことが困難を極めているのだ。
平成26年10月30日第187回国会参議院厚生労働委員会で、当時みんなの党にいらした元参議院議員薬師寺みちよ先生がこの件について「ギャンブル依存症の場合には、児童手当の支払方法など特例を設けるべきではないか」とご質問下さっており、政府参考人は「御指摘の場合のように、父親が家計や児童の養育について顧みることがなく、母親が家計の主宰者として児童の養育 を行っていると認められる実態がある場合には、母親を児童の生計を維持する程度の高い者と判断するよう市町村には考え方を示しているところでございます。」と見解を述べているが、これを自治体によって様々に受け取られ、対応方法の指針がないために、混乱を極めている。
2)自治体からの要求
「夫がギャンブル依存症のため児童手当の受給口座を妻に変更して欲しい」と願い出ると、大抵の場合以下の様に自治体から要求を突きつけられる。
①ギャンブル依存症の証明を提出
②夫の自著による書面の提出
③離婚の意思を示す
これはギャンブル依存症家庭にとって高い高いハードルであり、行政はギャンブル依存症という病気を理解しているのかと我々は疑問でならない。
まず、①②にあるギャンブル依存症の証明や、当事者である夫による書面の提出だが、ギャンブル依存症は「否認の病」と言われ、治療に繋げることが困難である。ギャンブル依存症は脳内の神経伝達物質ドーパミンに機能不全が起るため、ギャンブルでしか快感を得られないような状態になってしまう。
30歳から44歳までギャンブルと買い物依存症で苦しんだ私の場合も、ギャンブルを止めなくてはいけないということは頭では分かっていたが、止め続けていると落ち込みが激しくうつ状態になってしまう。そのうち本当にうつ病を併発してしまったが、ギャンブル依存症者はギャンブルを止めると、気分の落ち込みが激しく、止めたあとの生活がこんなに辛いのかと考え、怖くてなかなか手放すことができない。
自助グループなどに繋がり、仲間に支えられながら止め続けていくうちに、段々と楽になってくるのだが、最初のうちは「これだけは止められない」としがみついてしまう。だからこそ依存症は厄介な病気なのだ。夫が医療に繋がり、診断書が得られ、当事者も口座変更に納得している状況になっているのであれば、行政に助けを求める必要などない。
夫はギャンブルをやるために、少しの金でも執着してくる。病院にも行かなければ、ましてや口座変更の書面にサインなどするわけがないのだ。
そして私たちがもっとも怒りにふるえているのは、③の「離婚の意思がなければ、児童手当を妻の口座に変更できない」といわれることである。
私たちギャンブル依存症者の妻は、夫の回復を信じ自助グループや家族会に繋がってくる。ギャンブル依存症に罹患する前の、優しくて、働き者で気の合う夫に戻って欲しいと願っている。ましてや子どもまでいれば、家族の再生を願うのは当然ではないだろうか。
それを「ギャンブル依存症からの回復」というプロセスを行政は応援するのではなく、離婚前提でなければ児童手当の口座変更は認めない。この対応のどこが「異次元の少子化対策」なのだろうか。きちんと金銭管理のできる妻の口座で受給することになぜこんなにも理解がないのか。現状では児童手当をギャンブルに使わせるか、離婚の2択しかなく、児童手当は子どものために安全な管理者の方に振込をし、ギャンブル依存症の夫の回復を見守ると言う選択肢は許されないのである。以下に現状どのような対応がなされているか記したいと思う。
3)行政の対応
(1)ギャンブル依存症の診断書を持参かつ育休前は妻の方が年収高のケース
このケースはギャンブル依存症の診断書を持っていたにもかかわらず、
①離婚協議中かつ住民票でも別居の事実が確認できること
②DV証明の提出(住民票は移さなくていいが、子どもを妻の扶養にしなければいけない)
を提出しなくては、口座変更はできないと言われる。
しかもこのケースの場合、もともとは妻の方が収入高だったのだが、妻が育休中に収入がなくなり夫の口座に変更された経緯がある。
妻が夫のギャンブル依存症問題に気づき、当会に訪れたのはまさに育休中のことであった。
その後、妻は当事者にギャンブル問題をしっかりと体感し、直面化して貰うために別居を決意する。妻子が自宅に残り、夫に出て行って貰ったのだが、その際に夫が住民票の移動と世帯分離を拒否した。その後の説得で、夫が住民票を移動し再び窓口に相談に訪れたが、行政では「別居だけでなく離婚の意思がなくては変更できない」との回答であった。
行政の対応は、最初から離婚ありきで、「ギャンブル依存症は回復できる病気」ということは全く念頭にはないのである。
この対応の一体どこが少子化対策と言えるのだろうか。
また、別居中に定期的な養育費の入金が確認されたため経済的DVにはあたらないとされる。ギャンブル依存症でどれだけ借金を作ったとしてもそこは考慮されないのである。このような経過で現在夫とは別居中、子どもの主たる養育は妻が行っているにも関わらず、児童手当は夫に振り込まれている。
(2)DVの支援措置を受けても認められなかったケース
ギャンブル依存症者が妻と同居をしていると、しつこく金銭を要求されたり、逆ギレされるため妻の心理的負担が大きい。またギャンブル依存症者が金銭で行き詰まっても、妻が家賃や光熱費の支払いをきちんと行い、食事の用意をしている限りは、ギャンブルによる問題もなんとか切り抜けてしまうので、なかなか問題を認められない。「ギャンブルを止めない限り、生活ができない」という現実に直面化できないのである。
そのためこのケースでも夫の回復を願って妻は別居を決意したが、夫に押しかけられることを恐れ、住民票を移動しなかった。そして児童手当の口座変更を申し出たが、住民票の世帯分離をしなくては、口座変更は認められないとのことだった。
そこで過去に夫に通帳を投げつけられたことからDVの支援措置を得て、(相手に新住所が伝わらないようにできる)住民票を移動した。ところが今度は「DVシェルターに入っていなければ、支援措置だけでは認められない」と言われてしまう。挙げ句の果てには度々相談に訪れる妻に向かって、窓口担当者から「早く離婚したらどうか」と暴言を吐かれてしまう。
なぜ行政はこのようにギャンブル依存症家庭の離婚をせかすのであろうか?その後結局このご夫婦は離婚してしまったが、ギャンブル依存症者に余計な金を渡さなければ、回復に繋がるチャンスは高まってくるし、ギャンブル依存症は回復できる病気である。そういった家族の努力や思いは行政には全く通じていない。
③生活費も貰えず、話し合いにも応じない夫に同意書を貰えと言われるケース
最後のケースは
(3)現在進行形で我々が最も困難に直面しているケース
である。
夫は、借金だけでなく、家庭の貯金を使い込み休職。妻は別居を決意。しかし弁護士を入れて婚姻費用分担請求の調停を起こすも支払いをせず、休職後に支給されたボーナスも妻子には一銭も渡さなかった。その上実質妻が子どもを養育しているため、子どもの扶養を妻に変更するよう求めるも一切応じない。そこで経済的DVを受けていることから支援措置を取ることにした。
しかし行政はDV支援措置だけでは認められず、「夫に児童手当の消滅届を提出させるか、子どもは夫の社会保険から抜けて妻の社会保険に入れよ」と、しかもそれを妻に自力でやれと指示をしてくるのである。
夫が全く協力せず、経済的DVを行っているにも関わらず、なぜ被害者が加害者にこのような対応をしなくてはならないのか。困難を抱えた妻子に対しては、せめて事実確認は夫を呼び出し行政が行うくらいの親切心はないのであろうか。DV法や児童手当法は一体誰のためにあるのであろうか。
4)ギャンブル依存症からの回復は少子化対策になる
少子化対策というと、若者に結婚を推奨したり、子育ての環境を整える、不妊治療の助成を強化するといった対策が叫ばれるが、私はそれだけでなく夫婦仲が修復されれば、もしくは夫婦どちらかの病気が回復したら子どもを産みたいという人は多いと思う。
実際、私も3人目を作ろうとしたが、そのころ夫婦の依存症問題がひどくなり諦めた経緯がある。依存症から回復できたのが44歳だったのでもう子どもは望めなかったが、あれがもう少し若いうちに回復できていれば、もう一人子どもが欲しかったと今でも思っている。
しかし若くして回復できた私たちの仲間内では、夫婦仲を取り戻し、子どもをもうけたカップルは多数いる。
私が高知東生さんとやっているYoutubeでも実例を紹介しているので是非ご覧頂きたい。(たかりこチャンネル「離婚寸前の危機!回復=少子化対策」)
5)児童手当法の改正を
この「児童手当を夫に浪費されてしまう」という問題を抱えているのは、おそらくギャンブル依存症問題だけではないと思う。様々な家族問題で同様の困難に直面している方々はいらっしゃると思うが、これだけ無理難題を行政にふっかけられているのでは諦めている人も多いかと思う。そもそもなぜ児童手当の振込先を「収入の高い方」という理不尽な法律で苦しめられなくてはならないのか。収入の高い方となれば育休をとってしまえば、殆どの場合父親が選択されることになってしまう。これを「児童手当の振込先は家族で選択できる」と改正すれば、夫婦の内、児童手当を安全に管理でき、子どものために使える方に振り込まれることになる。
そこで当会では今後「児童手当法4条3項」の改正を求めて働きかけを行っていくこととした。ギャンブル依存症者を持つ家庭と同様に、この問題で困難を抱えている団体の方は協働して欲しいと願っている。
info@scga.jpまでご連絡頂ければと思う。
▲写真 出典:NO法人全国ギャンブル依存症家族の会
トップ写真:イメージ 出典:yamasan/GettyImages
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この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表
1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。