【大予測:東南アジア】覇権狙う中国、鍵はインドネシア
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
2017年の東南アジア各国は良くも悪くも1月に誕生するトランプ米新政権の予測困難な外交・経済政策、西太平洋軍事戦略の影響を受けることは必至で、トランプ新政権と対決姿勢を強める可能性の高い中国・習近平政権という2大大国のパワーバランスに翻弄されるのか、毅然と立ち向かうのか、その存在感を問われる1年になりそうだ。
オバマ政権ともっと対決し姿勢を明確にした東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国はドゥテルテ大統領のフィリピンだ。オバマ大統領を「売春婦の息子」呼ばわりするなどの数々の暴言で首脳会談は流れ、米国との長年の同盟関係に陰りも生じようとしている。
その間隙を突く形で急接近したのが中国で、南シナ海・南沙諸島の領有権問題での対立を「経済援助による棚上げ」という玉虫色の妥協で当面回避することに成功した。トランプ政権が南シナ海問題に加えて国際社会から批判が高まっているフィリピンの「麻薬犯罪容疑者への殺害を含む強硬策」などでドゥテルテ大統領に批判的姿勢を示せば、フィリピンという対中国で橋頭保のような重要な同盟国の中国寄りは一層明確になるだろう。
■米中草刈り場に日本は独自の外交を
同様に米中の権益、軍事面でのパワーバランスで「草刈り場」になりかねないのがアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相のミャンマーだ。民主化実現後は中国離れ、米接近政策で米国からの経済制裁解除に漕ぎつけたスー・チーさんだが、頭の痛い国内問題を抱えている。少数イスラム教徒ロヒンギャ族問題で、国軍による深刻な人権侵害が国際社会そしてASEAN内部からの批判を招きながらも、国軍や多数を占める仏教徒の支持基盤を失いたくないという政治的配慮から対応に手をこまねいているのがスー・チー政権の現状。そこに虎視眈々と支援の手を差し伸べて「自陣営への抱き込みを狙う中国」という構図は、ある意味フィリピンと同様だ。
この2国が親米、親中どちらの路線に本格的に舵を切るかでASEAN内のバランス、さらに日本との関係にも影響を及ぼすことは確実といえる。そのため日本としては行き先不透明(東南アジア外交に関して)のトランプ政権の出方を単に注視するだけでなく、積極的な介入・支援で独自のパイプ、ホットラインを再構築する積極外交が求められるだろう。
■服喪のタイ、レイムダックのマレーシア
2016年10月13日にプミポン国王が死去したASEANの大国タイは1年間の服喪期間にあり、経済活動の停滞は不可避の状況にある。民主化を目指すとしていたプラユット軍政も、服喪期間中を逆手にとって不敬罪やネット犯罪への取り締まり強化で「反軍政勢力」の摘発に乗り出し、恩赦で有力財閥を釈放したり、身内を登用したりと権力基盤を強めている。新国王の影響力が不確実なために軍政の各方面での既成事実化を着々と進める方法は民主化勢力の不満を増幅しており、「内部に滞留しつつある不信と不満のガスがいつか噴出しかねない」(タイ紙記者)という予断を許さない2017年を迎えようとしている。
不正蓄財問題や自身への権力集中などでマハティール元首相ら反政府勢力による政権打倒運動が静かにしかし確実に拡大しつつあり、もはやレイムダック化との指摘もあるナジブ首相のマレーシア。
支持基盤の脆弱化からナジブ首相は2018年に予定される総選挙の前倒しを断念、政権維持に汲々としている。その窮状に付け込んだのが中国で、2016年11月3日に北京で習近平国家主席と首脳会談に臨んだナジブ首相は「南シナ海問題の話し合いでの解決」で合意。大型経済援助や高速哨戒艇の導入などでも合意するなど急速な中国接近を内外に印象付けた。ASEANではマレーシアはいまやカンボジア、ラオスと並ぶ親中国派の仲間入りをしたとの見方が有力だ。
■ASEANのカギを握るインドネシア
世界第4位の人口、世界最大のイスラム教徒人口を擁するASEANの名実ともに大国であるインドネシアはやはり2017年も最も注目すべき「台風の目」であるだろう。
2016年の後半は、首都ジャカルタ中心部の大統領官邸へのテロ計画が発覚したほか、反政府知識人などによるクーデター未遂事件も起き、中東のテロ組織「イスラム国(IS)」と関連があるグループによる爆弾テロ、自爆テロを相次いで摘発している。テロ問題はフィリピン南部と並んでインドネシアのまさに「今そこにある危機」で、2017年もジョコ・ウィドド政権は「テロとの戦い」が喫緊の課題となる。
加えて首都の治安維持に大きな影響を与えかねない裁判の判決が年明けに予定されている。それは2月15日に投票されるジャカルタ特別州知事選挙で、最有力候補の現職、バスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)知事の発言を曲解したイスラム急進団体が「イスラム教を冒涜した」と糾弾、大規模デモ、治安部隊との衝突という社会不安を招いたのだ。
地方出身、中国系、キリスト教徒であるアホック知事へのイスラム教急進派の反発が予想外に拡大した結果、同知事は現在「宗教冒涜罪」で起訴され、裁判が始まっている。投票日前に判決が予想されるが「有罪、無罪」に関わらず、アホック知事の支持派、反対派による反発のデモ・集会は必至とみられ、それが騒乱や全国規模に発展しかねない情勢となっているのだ。
インドネシアが国内問題に拘泥しているとASEANでのインドネシアの相対的な発言力、指導力が低下しかねない。そうでなくとも求心力とまとまりが欠如しはじめているASEANの「盟主不在」「強いリーダーシップの欠如」は個別切り崩しを狙う中国の思うつぼとなる。
ミャンマーのロヒンギャ問題やフィリピンのイスラム過激派問題などの調停や仲介に積極的に関与してきたインドネシアだけに、ジョコ大統領としては国内問題に2017年の早い時期に解決のメドをつけて、ASEANの結束強化にその手腕を発揮したいところだ。
2017年、ASEANは各国がそれぞれに個別に複雑で混沌とした問題を内包しながら、習近平主席の中国、トランプ大統領の米国というスーパーパワーの間でどうその存在意義を見出していくか、正念場となる年を迎えそうだ。そういう意味では「熱いASEAN」になるのは確実で、目が離せない1年になるだろう。
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。