加速する小池旋風、次は都議選
安倍宏行(Japan In-depth 編集長・ジャーナリスト)
「編集長の眼」
【まとめ】
・千代田区長選トリプルスコアで小池陣営勝利
・都議会自民党の戦略見えず
・都議選に向け小池旋風加速必至
■トリプルスコアで現職勝利
蓋を開けてみればトリプルスコア以上。下馬評通りと言えばその通りだが、実際に投票結果を目の当たりにすると、小池旋風の猛威が如何に凄いかよくわかる。以下が東京・千代田区長選の結果だ。
石川雅己候補 16,371票
与謝野信候補 4,758
五十嵐朝青候補 3,976
計 25,105
小池都知事と、敵対する勢力のトップとして「都議会のドン」などと有難くないニックネームをつけられた内田茂都議との「代理戦争」と騒がれた今回の区長選挙。連日ワイドショーでも取り上げられた。都民ですら、千代田区ってどの辺?と口々に言い合い、ああ、飯田橋や神田・神保町のあたりか、などと納得したものだ。が、よく考えると皇居も、東京駅も、霞が関も、国会議事堂も、最高裁判所も、丸の内・大手町も、秋葉原も千代田区なんだと知ってちょっと驚いたくらいだ。
しかし人口は5万4千人しかいない。地方自治法上の市制要件をようやく満たすレベルだ。23区で人口は最小、世田谷区の90万人弱と比べるとその少なさに驚くだろう。そこに都議会議員定数1が割り当てられている。「公職選挙法の特例」が適用されているのだが、人口18倍の世田谷区の定数が8なのを見ると如何に定数配分が歪んでいるかがわかる。
■自民動かず
ここで、開票結果をよく見てみよう。そもそも今回投票率が跳ね上がった。53.67%は前回(2013年2月3日施行)の42.27%を11.40ポイントも上回り、区民の関心がいかに高かったかが分かる。前回の区長選における石川氏の得票が8,287票だから、ほぼ倍になった。それに比べ与謝野候補の得票数の少なさが際立つ。第三の候補、五十嵐候補との差はわずか782票しかない。これは自民党の組織票を全く集められなかったとしか思えない。
前回の都議会選挙(2013年6月24日施行)で内田茂氏は8,449票獲得したのに、その56%しか与謝野候補に行っていない。内田氏を支持した有権者はどこへ行ったのか?共同通信の出口調査結果を見ると、支持政党別で、与謝野氏は自民支持層の27.8%しか固められなかったということなので、上の数字も納得だ。一方、石川氏は自民支持層の61.7%、公明支持層の90.9%、民進支持層の70.6%を獲得した。さらに、無党派層の65.5%も取り込んだという結果が出ているので、与謝野氏が石川氏に歯が立たなかったも致し方ないところだ。
今回の区長選挙を見てつくづく思うのは、与謝野陣営は本気で勝つ気があったのか、という素朴な疑問だ。選挙戦最終日、マイクによる街頭演説が出来なくなる午後8時前に選挙事務所前に現れた与謝野信候補は、「代理戦争」と呼ばれていることを記者に改めて問われ、「本当に残念。当然、誰の代理になるわけでもない。その一点に尽きる」と唇をかんだが時すでに遅し、そもそも小池都知事は当初からこの選挙を「代理戦」だと宣言していた。区長選挙を自ら内田都議との「代理戦」だと認めてしまうところが小池流だが、横綱級の相手にそう宣言されてしまっては、幾ら「代理戦」じゃない、と言ったところで額面通り受け取る有権者はいないだろう。
与謝野陣営は“ドン隠し”を徹底したが、そもそも戦略ミスだったのではないか?内田氏の姿が見えないのはまだ分かるが、出陣式に顔を見せた都連前会長の石原伸晃経済再生担当相や丸川珠代五輪相らは小池知事が頻繁に応援演説に入っていたのに比べだいぶ存在感が希薄だった。いくら相手の土俵に上がりたくない、といってもそこから逃げてしまっては有権者に覚悟が伝わらないのは明白だ。
数々の選挙戦を見てきた筆者だが、今回与謝野候補の事務所の活気のなさは驚くほどだった。投票前夜だというのに事務担当者が奥に2、3名、その前の応接ゾーンに支援者が2人という寂しさだ。先ほど紹介した午後8時前の候補者自身の演説に支援者とおぼしき区議や都議はせいぜい数名、地元の支援者?が10名程度、後はマスコミだった。当然内田氏の姿もなければ、都議会自民党の幹部も一人のみ。その場にいた年配の女性(千代田区民)に与謝野候補の支持者か?と尋ねても、「決めていません。」の一点張り、じゃあなぜそこにいるのかわからないが、「私はこの人を応援しています!」とすら言えない人達に囲まれているのでは当選できるわけもない。内田都議のおひざ元で不戦敗だけは避けたい、という思惑があったのかもしれないが、これでは与謝野氏が気の毒でならない。
一方、飯田橋駅前の石川候補の最終街頭演説には優に300人を超える人が集まりその熱気はまさに去年夏の都議選の小池氏の街頭演説を彷彿とさせた。若狭勝衆議院議員が声を張り上げれば、小池知事支持者から大声で掛け声がかかり、トリで選挙カーに小池知事が登壇すると盛り上がりは頂点に。寒い中一目知事を見ようと1時間以上も前から集まっていた人の中にはイメージカラー「百合子グリーン」のスカーフなどを身につけた人も目立った。戦わずして勝負あった、と言わざるを得ない。
■そして都議選へ
選挙というものは勢いと流れが勝敗を決める。最初から戦闘モード全開の石川陣営に挑むには、与謝野陣営の体制は脆弱に過ぎたし、気迫も足りなかったと感じた。それにつけてもあの与謝野馨元蔵相の甥を担いでおいてちゃんとした支援体制もしかない「都議会自民党」の戦略とはいったいどういうものなのか?自民党東京都連の下村博文会長は今回の選挙で石川氏を応援した自民党の若狭勝衆議院議員に厳重注意したとのことだが、どうもやっていることがずれていると感じるのは筆者だけだろうか?
これで「都民ファーストの会」と7月の都議選をまともに戦えるとは思えない。何か秘策があるのなら、いつまでも温存していないで堂々と宣言してもらいたい。「ヒール」の役割に徹している場合ではない。小池都知事はキャッチフレーズを作るのがうまい。今回は「都民ファースト」を「区民ファースト」と言い換えて千代田区民の心をつかんだ。そして知事が大目標として掲げる「東京大改革」。これらのキャッチフレーズには、いわば、有無を言わさぬ「大義」がある。それを都民は感じ取っている。
そうした中、小池氏は7月2日の都議選に向け、地域政党「都民ファーストの会」から候補者を60名以上擁立し、議会の過半数を獲得する方針だ。6日同会は、先の都知事選で小池氏を応援し自民党東京都連から除名処分となった練馬区議会議員2人と、民進党に離党届を提出した元都議会議員2人、合わせて4人を公認候補として擁立した。こうした動きは加速することはあっても止まることはないだろう。小池知事が示す「大義」を上回るものを打ち出せなければ、「都議会自民党」が最大会派の座から転落する日が本当に来るかもしれない。
【訂正】2017年2月7日
本記事(初掲載日2017年2月6日)の本文中、「与謝野馨元蔵相の孫」とあったのは「与謝野馨元蔵相の甥」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。
本文では既に訂正してあります。
誤 与謝野馨元蔵相の孫
正 与謝野馨元蔵相の甥Japan In-depth編集部
トップ画像:出典 小池百合子Facebook
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。