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.国際  投稿日:2017/4/22

ジャワ高速鉄道 中国から日本へ


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・インドネシア政府、高速鉄道計画で日本に発注の意向。

・先に受注した中国の建設計画大幅遅れが背景に。

・政治的要因残るも日本はこのチャンスを活かせ。

 

■インドネシア政府、日本と共同調査の意向

インドネシア政府はジャワ島西部の首都ジャカルタから東部のスラバヤに至る鉄道(約730キロ)の高速鉄道計画について今年5月からその実現可能性などを環境や資源など各種要因に基づいて調べる「事業可能性調査(フィージビリティー・スタディ=FS)」を開始する方針をこのほど明らかにし、インドネシアの国鉄(KAI)、科学技術応用評価庁(BPPT)とともに日本と共同で調査を実施したい、との意向を明らかにした。

インドネシアの鉄道高速化計画に関してはジャカルタからバンドンまでの約140キロ区間に関して2015年9月に日本との激しい受注競争の結果、中国が受注に成功したものの、その後の建設計画は予算増大や土地取得の遅れなどから大幅な「計算違い」が生じている。このため「中国ではなく、今度こそは日本に発注したい」と中国への落胆と日本への期待が政府部内で強くなっていることが背景にあるといわれている。

ルフット・パンジャイタン調整大臣は「インドネシアの高速鉄道化には日本の費用と鉄道技術が必要」として、5月からのFSを11月ごろまでには終了して、日本への発注で年内には合意する方向で政府部内の調整を進める方針を示した。

日本側も1月にジャカルタを訪問した石井啓一国交相がルフット調整相、スマディ運輸相などとの会談で「高速鉄道計画への協力」の姿勢を示しており、すでに両国政府間ではある程度の協力体制ができていたことも今回のFSへの日本の参加の布石となっていたとみられている。

■一向に進まぬ中国の建設計画

ジャカルタ~バンドン間の高速鉄道計画では受注競争で新幹線による鉄道建設の実績、鉄道運航の安全性で日本の圧倒的優勢が伝えられていたが、中国側が最終段階で「日本のものと酷似した事業計画書を提出」するとともに建設に関する「インドネシア政府の費用負担をゼロ」とし、「事業が失敗した際の債務保証も求めない」という異例の案を示したことで逆転、中国が受注した経緯がある。

しかし、2016年7月に建設許可が下りて以来鉄道計画はほとんど進捗しておらず、2017年12月までに確保が必要となる約600ヘクタールの土地の収用もほとんどが手付かずの状態といわれ、2019年5月の開業を絶望視する声があちこちから出始めている。

2016年には建設予定地とするジャカルタ郊外の土地で中国人労働者が工事を開始したところ、そこがインドネシア空軍の管理地で空軍の許可もなく、さらに中国人労働者のビザに問題があったことが発覚するなど計画そのものだけでなく、建設工事の進め方でも「杜撰さ」が露呈、中国への信頼性が大きく揺らいでいた。

4月15日には建設に要する経費が当初の55億ドルから59億ドルに膨れ上がるとの見通しが示された。もっとも費用をインドネシア側は負担する訳はないが、増大した費用の負担を中国がどうするのかは不安なところ。中国の受注にジョコ・ウィドド大統領を最終決断させるのに大きな役割を果たしたとされるリニ国営企業大臣は「高速化路線に建設予定のトンネル工事で変更が生じた結果の費用増加だが、中国開発銀行が問題ないとしているので心配はない」とマスコミに説明、予定通りに建設計画が進むとの楽観的見方を表明した。

■政府部内の対立・確執が影響

日本優勢の受注競争を最後にひっくり返した」のはこのリニ大臣といわれ、その背景には日本を推していた与党「闘争民主党(PDIP)」の党首、メガワティ元大統領とリニ大臣の確執、さらにジョコ大統領とメガワティ元大統領との不仲説も影響したといわれている。

内閣改造でリニ大臣の更迭をPDIPが求めたもののジョコ大統領が拒否したとされ、「ジョコ大統領、リニ大臣」と「メガワティ元大統領、PDIP」を巡る構図は基本的に前回の受注時とは変わっていない。

しかし、鉄道関係者や経済界からは中国の「杜撰な計画と進まない建設」が浮き彫りとなる中「鉄道計画という国民生活に直結するインフラ整備に政治は介入するべきだはない」との声がでていることは、ジョコ大統領もリニ大臣も認めざるを得ないところだ。

インドネシア紙の記者は「中国が受注したジャカルタ~バンドン間は鉄道の重要も少なく、距離が短くて高速化のメリットもあまりないことが政府部内に“どうせ(インドネシアの)は費用負担しないのだから中国にやらせてみたら”という雰囲気を醸し出したことも(中国への受注に)影響した」と当時の裏事情を解説する。

いずれにしろ、純粋な技術論やコスト、安全面などが原因で日本が前回の受注競争に敗れた訳ではないことが救いで、インドネシア政府部内や世論が「中国に懲りて、日本に期待している」というアドバンテージを最大限に活かすためにも、日本は次の高速鉄道計画の受注を目指して再度綿密な計画と中国側の奇手への対策を練ることが求められている。

トップ画像:出典 Gunawan Kartapranata/インドネシア高速鉄道計画


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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