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.国際  投稿日:2021/10/25

インドネシア、高速鉄道建設に国費投入


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

インドネシア、高速鉄道計画約340億円の国費投入を可能にする改正大統領令を公布。

・ジョコ大統領、電気自動車計画でも中国依存の方針示す。

・過度の中国依存に国民から批判の声も。

 

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は10月6日、首都ジャカルタと西ジャワ州のバンドン間(約150キロ)で現在建設が進む高速鉄道計画で予定していた費用が膨張したことを受けて4兆3000億ルピア(約340億円)の国費投入を可能にする改正大統領令を公布したことを明らかにした。

同鉄道計画では2015年に中国が受注した当時、ジョコ・ウィドド大統領は「インドネシア政府に財政負担は求めないという中国の受注条件」をあげて国費を使わない方針を公表していた。

このため、今回国費投入という事態に陥ったことからジョコ・ウィドド大統領に対する責任追及の動きも出ようとしている。

同鉄道計画は当初、日本と中国による激しい受注競争が繰り広げられ、安全性と円借款による低金利の融資などを前面に出した日本に対し、低コストの建設費用や短期の工期、インドネシア政府に財政支出や債務保証も求めないことなどを主張する中国が最終的に受注するという経緯があった。

さらに日本側がインドネシアに提出した事前のフィージビリティスタディの報告書が中国側に漏れたのではないか、との疑惑が出るなど日本にとっては「いわくつき」の鉄道計画だった。

受注に成功した中国側は中国鉄建(CRCC)がインドネシアの国有企業連合と合弁で「インドネシア中国高速鉄道会社(KCIC)」を設立し、中国開発銀行を通じた資金提供で建設計画は2016年に着工した。

しかしインドネシア側による建設予定地の土地収用がスムーズに進まないことなどから工期が大幅に遅れ、当初計画の2019年完工が2021年にずれ込み、その後コロナ禍の影響もあり2022年末までの完工を現在は目指している。

▲図 高速鉄道のイメージ 出典:KCIC

■ 膨張し続けた建設費用

工期の遅れに伴い、建設費用も年々膨張の一途をたどり、総事業費約86兆2600億ルピアとの当初見積もりは、約113兆2500億ルピアにまで膨れ上がった。その結果、ジョコ・ウィドド政権はついに発注当時の思惑が外れて国費を投入せざるを得なくなった。

1期目のジョコ・ウィドド政権で日本の受注を期待する閣僚らを抑え、中国への受注を裏で画策したとされるリニ・スマルノ国営企業相は2019年からの2期目の政権では閣外に去り、現政権で当時の判断の責任を負うべきは最終決断をしたジョコ・ウィドド大統領しかいない。

だがすでに約80%の進捗状況といわれる中で「計画の断念」や「大幅な見直し」は不可能とされ、国費投入以外の選択肢は残されていなかったといえる。

こうした事態に対し主要紙「テンポ」は10月14日に「ジョコ・ウィドド大統領は2016年の約束を破った」と厳しく批判した。同月21日にはジャカルタ中心部で学生団体による「ジョコ・ウィドド政権批判」のデモも行われた。

■ 電気自動車でも同じ轍(てつ)の可能性

高速鉄道計画で露呈したインフラ整備計画での過度の中国への依存からジョコ・ウィドド大統領は「教訓」を得たはずであり、2度と同じ「過ち」は繰り返さないものとみられていた。しかしインドネシア政府が現在進めようとしている「電気自動車構想」でも同じ轍を踏みかねない状況となっているのだ。

インドネシア政府から電気自動車の生産・販売については当初日本側に打診があったものの、日本側は「ハイブリッド車をまず導入してから電気自動車」という段階的な導入を提案をしたとされている。

インドネシアがまず日本に打診した背景にはインドネシアの自動車市場で日本車が占める高い比率、日本車は故障が少なく燃費が良く、修理やサービスなどが充実していることなどが国民からの高い支持を得ていることなどがあったという。

そして日本側が「まずハイブリッド車」を提案したのは「価格、充電スタンド整備と維持の難しさ、停電が多いという電気事情」など解決すべき諸問題の存在があったとされる。

こうした日本側の態度に不満を持ったのがルフット・パンジャイタン調整相(海事・投資)で、9月30日に西ジャワ州チカランにある中国の自動車メーカー「五菱(ウーリン)自動車」の組立工場を運輸相、保健相を伴って視察訪問し歓待を受けた。ルフット調整相は地元メディアに対して「中国側の計画を聞いた。可能なら2022年末までにインドネシアで電気自動車の販売を開始する」と表明したのだった。

そして「日本から私は親中国といわれているが日本は技術植民地主義だ」と日本を批判、五菱が用意した電気自動車に試乗したのだった。

これを受ける形で10月6日にジョコ・ウィドド大統領は「2023年から24年の間に電気自動車の生産を開始する」と述べてインドネシアが電気自動車計画を本格的に進めるとの姿勢を明らかにしたのだった。その相手はまたしても中国である。

■ 習近平国家主席との試乗を計画

インドネシア中国高速鉄道会社(KCIC)は10月20日、2022年11月にバリ島で開催されるG20首脳会議(主要20カ国首脳会議)に参加予定の中国の習近平国家を招いてジョコ・ウィドド大統領と高速鉄道に試乗する計画があることを明らかにした。

KCICの発表によると、インドネシアと中国の両国首脳による試乗で高速鉄道を内外にアピールする狙いというが、試乗後は非公開として12月からの一般公開に備えるとして、現状では2022年末の完成という目標に変更がないことを強調した。

ジャカルタ・バンドン間約150キロを約40分で結ぶという高速鉄道だが、国民の間からは「片道乗車料金が40万ルピア(約2800円)もの高い切符を誰が買うのか。建設に金だけかかって役に立たないインフラだ」とする経済学者の声が地元マスコミで報じられる事態となっている。現行の在来線ではエグゼクティブ・クラスの乗車料金は12万ルピア(約840円)で高速バスに至っては7万5000ルピア(約530円)で同じ区間の移動が可能だ。

インドネシアの「凝りもしない」中国依存は真に国民のためといえるのだろうか。

トップ写真:ジョコウィドドインドネシア大統領と習近平中国国家主席 中国・北京にて(2017年05月14日) 出典:Photo by Kenzaburo Fukuhara – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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