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.国際  投稿日:2017/6/22

拡散するISの脅威 ASEAN結束


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ISフィリピン南部に東南アジアIS拠点建設の動き。

フィリピンインドネシア・マレーシア共同監視行動実施。

・ISとの戦いは東南アジア各国の課題となっている。

 

フィリピン南部でイスラム武装組織による戦闘が続く中、東南アジア諸国連合(ASEAN)の関係国が結束して、テロ組織「イスラム国(IS)」の脅威に対応する道を探っている。

というのもフィリピン南部ミンダナオ島の地方都市マラウィで続く戦闘にISの戦闘員さらに東南アジアのISシンパ、別のイスラム過激組織メンバーらが加わっていること、さらにISがフィリピン南部に東南アジアのIS拠点を築こうとしていることなどが明らかになり、もはやフィリピン一国では対応が不十分で、国境を超えた地域として対処すべき問題であるとの認識が共有されたためだ。

インドネシアのリャミザード・リャクドゥ国防相は6月14日、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、シンガポール各国の国防相とカリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)北部のマレーシアとの国境に近いタラカンで近く会談する意向を明らかにした。

タラカンは同島北東部に位置し、フィリピン南部へのISシンパなどの密航ルート摘発の最前線でもあることから今回の会議開催場所に選ばれた。

 

■ISに対し海空で共同巡回、監視

会議ではミンダナオ島で続くフィリピン国軍との戦闘で逃走してくるIS関係者やフィリピンの過激派組織メンバーのマレーシア、インドネシア、ブルネイなどへの密入国を阻止し、さらに新たな人員がフィリピンに密入国するのを防ぐ方法などについても協議される見通しだ。

マラウィでの戦闘ではこれまでにフィリピン国軍によってインドネシア人、マレーシア人のほかにイエメン、サウジアラビア、チェチェン国籍の外国人が殺害されている。こうしたことなどからフィリピンのドゥテルテ大統領も「この戦闘はもはやISとの戦闘であり、ISはすでにフィリピンに存在している」との見方を強調しており、今回の戦闘に米軍が支援していることからも単なる「フィリピン国内の反政府勢力との戦闘」ではなく「国際的なテロとの戦い」の側面が強まっている。

加えてマラウィ市での戦闘が膠着状態に陥る中、市内からは隣接する北ラナオ州イリガン市や東ミサミス州カガヤンデオロ市などにISメンバーらが脱出している可能性をフィリピン国軍が明らかにしたことからミンダナオ島広域そして周辺海域での警戒、監視が喫緊の課題として浮上している。

こうした事態に対応するためフィリピン、インドネシア、マレーシアは6月19日からフィリピン南部のスールー海周辺海域での3カ国海軍艦艇による共同パトロール、さらに3カ国空軍による共同哨戒飛行を計画している。

タイのプラユット首相は5月30日にマスコミに対して「タイ南部にISの関係者が潜伏していたり、事件を起こそうとしていたりするとの情報は確認していない」としてタイ国内にISは存在しないとの見方を明らかにしている。こうしたことから今回の会議にはタイは参加していない。

 

■インドネシアでもISへの懸念深刻

ISとの直接戦闘が続くフィリピンに次いで深刻なのはインドネシアで、フィリピン南部に地理的に近いスラウェシ島中部ポソの山中にはイスラム過激組織の秘密訓練キャンプがかつて存在し、そこにISシンパやイラク、シリアへの渡航を望む若者が参加していたことも確認されている。そのメンバーの一部がフィリピンに渡り、今回の戦闘に参加している可能性は高い。

リャクドゥ国防相は6月4日にシンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で「フィリピン国内には1200人のISメンバーがすでに潜伏している」としたうえで、マラウィで戦闘を続けるISないし別の過激組織に属するインドネシア人は38人いることを明らかにした。  

インドネシア国軍、警察、入国管理当局などは現在スラウェシ島北部、カリマンタン島北部などを重点的に警戒して、テロ組織関係者の密入国、マラウィの戦闘から逃走してくるメンバーの発見、摘発に全力を挙げている。

特にインドネシア人の戦闘員は他のメンバーとともにインドネシア国内の支援組織を頼って脱出先として自国を目指す可能性が極めて高いからだ。

 

■今そこにあるテロの脅威

インドネシアでは5月24日にジャカルタ市内カンプン・ムラユで爆弾テロが発生、その後も国家警察隊テロ特殊部隊(デンスス88)による過激派の摘発、爆弾や武器の押収が続いている。それは依然としてインドネシアではテロが「今そこにある危機」として存在していることを示している。

インドネシア国家警察のティト長官は「ISが欧米諸国やロシアから圧力を受け、シリア、イラクから世界各地に分散化している」との見方を示している。これは東南アジアではフィリピン、インドネシア、マレーシアにISメンバーやその支持者が結集して新たなISの東南アジアの拠点作りとテロを計画中との見方を裏付けている。

もはやフィリピンだけでなく、東南アジア各国が直面する課題としてISとの戦いが現実のものとなっているのだ。


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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