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.国際  投稿日:2017/8/26

全米拡大、南部英雄像撤去の動き


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・米で南北戦争の南軍の指導者たちの銅像撤去の動き広がる。

・背後に民主党勢力のトランプ政権攻撃の政治的意図がある。

・米の人種的対立はオバマ政権時代から起きていた。

 

 

 アメリカの各地で南北戦争の南軍の指導者たちの銅像を撤去する動きが広がってきた。奴隷制度を守ろうとした南部の当時の動きを改めて否定するという趣旨だが、その背後には民主党系勢力によるトランプ政権攻撃の政治的意図もからんでいる。150年前に終わった南北戦争後の和解を崩すようなこの動きへの反対も幅広く、激しい論争も展開され始めた。

 全米を揺るがせたバージニア州シャーロッツビルでの8月12日の人種問題をめぐる騒動もそもそもの原因は南軍司令官のロバート・E・リー将軍の銅像の扱いだった。南北戦争当時の南部連合(アメリカ連合国)の要衝だったシャーロッツビル市には長年、リー将軍の銅像が建てられてきた。だが最近になって同市の市議会はこの銅像を「奴隷制擁護の象徴」だなどという理由で撤去することを決めた。

 8月12日にはその撤去に反対する白人至上主義などの団体が抗議集会を開き、黒人主体の撤去賛成派とぶつかって、抗議側の1人が車を相手側群衆に乱入させ、死者1人を出した。この出来事が全米で南部の歴史保存への反発を広げる契機となった。(図1)

 

(図1)リー将軍の銅像に抗議するデモ隊に突っ込む白人至上主義者の車 
Tweet by @RyanMKellyPhoto

 

 だがリー将軍の銅像撤去の動きの背景にはオバマ政権時代の2015年6月、同じ南部のサウスカロライナ州チャールストンでの白人過激派による黒人襲撃事件があった。(写真2)

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(写真2)エマニュエル・アフリカン・メソジスト監督教会、襲撃事件後の追悼に訪れる人々 
サウスカロライナ州チャールストン2015年6月20日 Photo by  Voice of America

 

 黒人への反感を叫ぶ白人青年が黒人信者の多いキリスト教会で銃撃して、9人をも殺したのだ。その際に犯人は南北戦争での南部連合の旗を掲げていた。この「旗」の事実が南軍の英雄たちの銅像の否定にまでつながったともいえる。だからこの南部否定のうねりオバマ政権時代に起きてきたわけだ。

 それがいま全米規模に広がったのは南部否定の流れに民主党系の政治家や活動家が集まり、トランプ政権攻撃の材料のようにして熱をこめ始めた要因が大きい。トランプ大統領が8月12日のシャーロッツビルでの事件の直後に白人至上主義側を非難せず、衝突した双方が悪いという趣旨の反応をみせたのは、南部が象徴した人種差別に加担するからだ、という糾弾が反トランプ勢力側から激しくぶつけられた。

 しかしトランプ大統領は8月22日、南西部アリゾナ州のフィニックスでの支持者集会で1時間15分にもわたって演説し、シャーロッツビル事件では自分はその直後から白人至上主義側をも激しく非難していたという言明を繰り返し、その言明を無視するのは民主党系の主要メディアだと攻撃した。(図2)

 

(図2)トランプ大統領のツイート

 だが南部否定の動きはなおその輪を広げ始めた。南部のノースカロライナ州ダーラムでは14日、反対派を支持するデモ隊が1924年に設置された南部連合の兵士像を引き倒した。東部メリーランド州ボルティモアでは16日、市内の公園などにあったリー将軍の像など4基の記念碑を市当局が撤去した。東部ニューヨーク州でも16日、ブルックリン地区の教会近くにあるリー将軍の記念プレートを撤去した。

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(写真3)倒される前の南部連合兵士像、ノースカロライナ州ダーラム
出典)North Carolina Civil War Monument HP Photo by Tom Vincent

 こうした動きはいまのアメリカにとって重大な意味がある。周知のようにアメリカでは北部と南部がアメリカ合衆国とアメリカ連合国として対決し、内戦を展開した。1861年から1865年まで血みどろの国内戦争が続いたのだ。その主要な原因は奴隷制を守ろうとする南部に対する北部の挑戦だった。結果は北部が勝利した。(図3)

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(図3)南北戦争 スポットシルバニア・コートハウスの戦い(1864年5月8日~21日)
Courtesy by Adam Cuerden

 戦いは激しかったが、その後の長い年月で和解がなされた。だが南部連合や南軍の指導者たちも歴史的な役割を記念されて、その銅像などが各地に建てられた。多くは南部諸州だが、首都のワシントンも含め、北部などにも建てられた。その総数は700基以上だとされる。

 そうした銅像をいまになって撤去するという行為のとげとげしさや厳しさは日本でならば、上野の山に建つ西郷隆盛像の撤去を想像してみればわかるだろう。西郷は明治の新政府に反抗した。しかも朝鮮半島への日本の攻撃を唱えた「征韓論」の主役だったともされる。だからそうした歴史の否定的な要素だけみれば、いま現代の日本で西郷隆盛を賞賛することはアメリカでリー将軍を讃えることに等しくなる。

 アメリカの各種世論調査では現時点ではリー将軍などの南部の指導者たちの像を撤去することには60%以上の国民が反対だという結果も出ている。だがそれでも撤去の運動は反トランプ政権の色を濃くしながら、広がっていくようにもみえる。アメリカ国内の人種がらみの分裂だといえよう。だがその分裂がオバマ政権時代にすでに様相を険しくしていたことも軽視はできないだろう。

 

※この記事には複数の写真が含まれています。サイトによって全て表示されない場合は、http://japan-indepth.jp/?p=35725でお読みください

トップ画像:ロバート・E・リー将軍の銅像 バージニア州シャーロッツビル Photo by Cville dog


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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