.国際  投稿日:2018/1/13

トランプ暴露本で政権崩壊はない

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岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

【まとめ】

トランプ氏を痛烈に批判する暴露本「炎と怒り」が出版された。

この本は米国が抱える構造的な問題をトランプ氏個人や政権に矮小化してしまう危険性あり。

しかし、政権を崩壊させる決定的な役割を果たすことはない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=38034でお読み下さい。】

 

「口先だけで実際は何も実行できないツイート大統領」と揶揄されてきたドナルド・トランプ米大統領(71)は、2017年12月に包括的税制改革を成立させ、環境・エネルギーやインターネット、金融などの面で強力な規制撤廃を推し進める一方、今月には連邦政府による大規模なインフラ投資プロジェクトを発表する予定だ。政権は批判を乗り越えて波に乗り始めた様相を見せている。

ところが、トランプ政権は再びピンチを迎えた。ジャーナリストのマイケル・ウォルフ氏が、2016年の大統領選から17年8月のバノン前首席戦略官・上級顧問辞任までの政権の内幕を描いた『炎と怒り』を5日に世に問うたからだ。

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▲写真 マイケル・ウォルフ氏 出典:ウィキぺディアコモンズ photo by Andrew Dermont

著者のウォルフ氏は、「私の本は、トランプ氏が(精神的に不安定で)大統領の職務を遂行する能力がないことを明らかにしている」と、トランプ大統領に挑戦状を叩きつけた。

さらにウォルフ氏は、「トランプ氏は大統領に選出されはしたが、その事実は彼が大統領の職務を遂行できる能力の証明にはならない」と畳み掛ける。その筆致は辛辣そのものであり、トランプ氏を含む政権内の人物に使われる形容詞は皮肉と蔑視に満ちている。

初日から全米各地で売り切れが相次ぐなか、「大統領の資格がない無能力なドナルド・トランプと、それを支える愚かな取り巻きたち」の真実を知ろうと、全米の書店には客が殺到。出版社は「前例のない需要」を理由に、1月9日に予定されていた発売日を急きょ前倒しした。アマゾン・ドットコムの本の売り上げランキングでは、トップを維持している。

暴露本が入手できない人たちは電子版を購入しているが、政府や企業の機密情報を公開するウェブサイトのウィキリークスは7日、全327ページの『炎と怒り』のPDF版をまるごと公開してしまった。1月7日現在、ウィキリークスのグーグルドライブから簡単に無償でダウンロードできるようになっている。ウィキリークスは長い間トランプ政権と対立しており、政権を追い込むチャンスと見たようだ。一方、この無償公開は明らかに著作権法に違反する行為であり、騒動が広がりそうだ。

なぜ、『炎と怒り』はここまで話題になるのか。それは、これまで人々が疑念を抱いてきたトランプ大統領のロシア内通疑惑や、国家の意思決定での不安定さと不確実さを、多くの「事実」で補強し、トランプ氏を追い込むような内容であるからだ。

具体的には、トランプ氏の最高参謀であり右腕であったスティーブ・バノン前首席戦略官兼上級顧問(64)が、大統領選中にトランプ氏の長男であるドナルド・トランプ・ジュニア氏(40)とロシア政府と近いロシア人弁護士が面会したことについて、「反逆的で非愛国的」と非難した内幕を暴露している。

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▲写真 スティーブ・バノン前首席戦略官兼上級顧問 出典:クリエイティブコモンズ photo by Gage Skidmore

トランプ氏の大統領当選に決定的な功のあったバノン氏は、2017年8月に政権を去った後も、トランプ大統領と定期的に連絡を取り合う親密な仲で、12月に発表された米国の安保戦略における「中露は米国の安保に対する脅威」という根幹部分に決定的な影響を与えた重要人物である。そのバノン氏が実は、大統領をバカにしていたというのだ。

さらに『炎と怒り』はバノン氏だけでなく、レックス・ティラーソン国務長官(65)など多くの閣僚が、トランプ氏を内心軽蔑している様子を鮮明に描き出している。

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▲写真 レックス・ティラーソン国務長官 出典:US Department of State

つまり著者のウォルフ氏は、「このように取り巻きから信用もされず、尊敬もされず、バカにされる精神不安定な男が米国の進む方向を決定し、あまつさえ核兵器のスイッチを握っていることは問題だ」というメッセージが伝えたかったのだ。

なお、トランプ大統領は6日にツイートで、「私は精神が安定した天才だ」と自信たっぷりに語り、動じる様子はない。

▲ドナルド・トランプ氏のTwitter(12月6日)

同書には、大統領選挙に勝利することを予想していなかったトランプ氏と陣営スタッフが当惑する様子も書かれている。メラニア夫人に至っては、「喜びではない涙」を流したという。これも、巷で広く囁かれていた「トランプは大統領になる心構えも準備もなかった」との憶測が、具体的な証言などで明らかになったものである。

さらに「トランプ・ファミリー」の王朝維持策として、トランプ大統領の娘のイバンカ氏(36)と夫のジャレッド・クシュナー氏(36)が将来、イバンカ氏が大統領に立候補する可能性を検討していることを『炎と怒り』は描き出している。

ウォルフ氏によれば、彼女は政権内の「汚れ役」を引き受ける一方で、情報をメディアにリークするような「悪賢い女」だ。トランプ氏が次回2020年の大統領選で再選を目指すだけでなく、娘を通して、トランプ帝国を長期にわたって永らえさせるつもりだというのだ。

「クリントン王朝」「ケネディ王朝」や「ブッシュ王朝」を引き合いに出すまでもなく、米国では階級が固定され、リベラル・保守などのイデオロギーにかかわらず、富を独占する一部の上流層が支配を強化していく傾向がある。

幕末の万延元年(1860)に米国に派遣された勝海舟などの使節は、日本でいえば初代幕府将軍・徳川家康にあたる初代大統領ジョージ・ワシントンの子孫が「今、どこで何をしているか分からない」と聞かされ、その清廉さに感銘を受けるとともに、「これが民主主義だ」と理解したという。だが、現在の米国は世襲される王朝社会であり、「イバンカ大統領計画」を伝える『炎と怒り』の内容は、それを裏付ける傍証なのだ。

このようにトランプ政権の醜悪さや無能ぶりを印象付ける『炎と怒り』だが、政権を崩壊に追い込むという著者のウォルフ氏の目的は達成できるだろうか。

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▲写真 ジャレット・クシュナー米大統領上級顧問と妻のイバンカ・トランプ大統領補佐官(2017年12月19日) 出典:イヴァンカ・トランプ Twitter

実際には、暴露本に便乗してメディア・民主党・共和党主流派が大統領を叩けば叩くほど、トランプ支持者の結束は強まる。「バッシングは負け犬どもの遠吠えに過ぎず、トランプ大統領が正しいからこそ叩かれるのだ」という信念がより強固になる結果を生むだろう。「このような攻撃に耐える大統領は本当に『精神が安定した天才』なのだ」、と。

また、『炎と怒り』は現在の米国が抱える構造的な問題を、トランプ氏個人や政権に矮小化してしまう危険性がある。いくらトランプ氏や政権が問題だらけとはいえ、そうした大統領が選出されるほど、米国は社会的にも政治的にも経済的にも壊れて、行き詰っているのである。大統領が交代したり、政権党が代わるくらいで解決できない、根深く構造的な、体制の疲弊がトランプ氏を大統領にしたからだ。『炎と怒り』は表層のみを見て、深層にメスを入れていないため、政権を崩壊させる決定的な役割を果たすことはないであろう。

税制改革や規制撤廃で弱者から収奪して強者を富ませるトランプ政権ではあるが、そうした富と権力の独占を許すことで、共産党独裁の下で台頭する巨大独占中国企業に米独占企業が対抗できる力をつけさせるなど、「米国を再び偉大にする」政策にそれなりの根拠と一貫性を持っている。肝心なのは結果とレガシーであり、『炎と怒り』はそうした正負両方の側面を見ていないことが、大きな欠点と言える。

だが、暴露本『炎と怒り』を斜めに読めば、トランプ氏個人のレベルを超えた米国の構造的な問題や病理が見事にあぶり出されており、トランプ時代の米国の混迷を解読するには、絶好の一冊である。

トップ画像:Fire and Fury ペーパーバック – 2018/1/9 Michael Wolff (著)

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この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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