トランプの迷走どこまで?
植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
【まとめ】
・暴露本、『火と憤激:トランプ・ホワイトハウスの内幕』マイケル・ウォルフ著が波紋を広げている。
・側近たちも裏ではトランプ氏を「馬鹿」とか「愚か者」などと酷評している。
・トランプ氏の政治的凋落に繋がるかどうか、今後の動向を注視。
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「なるべきでない人が大統領になった」、「トランプワールドの人達はトランプが馬鹿だということを皆知っている」――こういった酷評が2018年初めのアメリカを揺り動かしている。『火と憤激:トランプ・ホワイトハウスの内幕』と題したマイケル・ウォルフの本がこれに一石を投じた。
▲写真 Fire and Fury ペーパーバック – 2018/1/9 Michael Wolff (著)
まだ出版前に大きな見出しとなったのが、トランプを大統領に仕立てた影の貢献者と言われるトランプ政権下の大統領側近で主任戦略家だったスティーブン・バノンによるトランプ家の人達、特に息子のドナルド・トランプ・ジュニアと娘婿のジャレッド・クシュナーへの批判だった。
▲写真 スティーブン・バノン元米大統領首席戦略官兼上級顧問 flickr Gage Skidmore
トランプ・ジュニアとクシュナーは、2016年6月の大統領選挙選の時にロシア人から対立候補のヒラリー・クリントンのe-mailに関する「泥」を受け取ったとされ、トランプ選挙陣営のロシアとの共謀が連邦捜査局(FBI)の調査対象になっている人達である。バノンは、ロシア人との会合は「国家反逆罪のようなものだ」、「非愛国的」だと痛烈に批判し、同じビルにオフィスを構えていたトランプ自身にこのことを話さなかったということはあり得ないと断定している。内部の事情を詳しく知る人の発言だけに、アメリカを揺るがす事態となった。
▲写真 ジャレット・クシュナー米大統領上級顧問と妻のイバンカ・トランプ大統領補佐官 2017年2月17日 flicker:North Charleston Photo by Ryan Johnson
トランプ大統領はこれに激怒し、ツイッターでバノンを「正気を失った」、「自身への影響力はなく、一職員に過ぎなかった」などとこき下ろした。そして、大統領個人の弁護士を通じて本の出版まで差し止めようとした。出版社は予定より本の売り出しを1月5日に早めた。
ウォルフは、大統領選挙選時から大統領就任後にかけて18か月に渡り密着取材を許され、バノンのホワイトハウス時代にはホワイトハウスを自由に動き回り、200回にわたるインタビューを重ねたとされている。その多くが録音されており、ウォルフはトランプ大統領自身にもインタビューを行ったとしているが、トランプはインタビューはなかったと否定している。
トランプの就任1年目のホワイトハウスは、バノンを中心とした急進保守派、元大統領補佐官ラインス・プリーバスを中心とした共和党派、そして、クシュナーやイバンカなどのトランプの肉親を中心としたニューヨーク派の争いと言われた。バノンもプリーバスも一年目途中でホワイトハウスを離れる羽目になったが、それでニューヨーク派が勝ったという訳ではなく、クシュナーもトランプ・ジュニアとともにロシア疑惑の中にいる。
▲写真 ラインス・プリーバス米元大統領首席補佐官 Photo by Michael Vadon
首席補佐官はジョン・ケリー、国家安全保障顧問はH.R.マックマスター、国防長官はジェームス・マティスとトランプ大統領の取り巻きは元軍人で固まっているため、国家安全保障では現実政策に基づいた行動が取られるとの期待はあったが、トランプは野生馬のようにそう簡単には手綱で制御できる人物ではない。そのため、トランプを自制することはできないとの見解が強い。それが、様々な外交政策にも出ている。
金正恩が正月メッセージで核兵器の発達を自画自賛し、アメリカをいつでも攻撃できるように核ボタンを押すことができると吹聴すると、トランプは、自分はより大きな核ボタンを持っており、さらにそのボタンは機能すると対応した。これに対しては、アメリカ内でもそう簡単に核戦争を起こされてはアメリカの安全保障に重大な危険がもたらされるとして、トランプ大統領の発言に批判的な声が民主党だけではなく共和党内でも聞かれるようになり、トランプ大統領の精神的不安定性を批判する声も高まっている。
ウォルフは、自著の中で、トランプに対する取り巻きの評価で一致するのは、トランプは子供のようだとみていることだとしている。子供のように、常に褒められ自己満足しないといられない、といった評価で、誰も大統領として才能のある人だとは見ていないというものだ。そのため、ペンス副大統領を始め、閣僚や共和党議員達も、機会あるごとにトランプ個人を絶賛する。ご機嫌を取ることによって保身しているのである。
しかし裏では、例えば、レックス・ティラーソン国務長官はトランプを「モロン(moron)」と呼び、スティーブン・ムニーチン財務長官は「イディオット(idiot)」、ギャリー・コーエン国家経済顧問は「ドープ(dope)」、H.R.マックマスター国家安全保障顧問は「泥のようにダンム(dumb)」といったいずれも「馬鹿」とか「愚か者」といった意味の言葉をプライベートに出している。公式には皆そのような引用を否定しているが、本音はどこかで出るものだ。
政策面では、奥深い知識がなく、専門家の意見にもあまり聞く耳がなく、聞いてもよく理解できていないと言われる。すべてこれまでに養ったビジネスマンとしての直観に頼っている感じで、自分の政治的サポートベースに訴え、キャンペーン公約を実行することだけに注意が注がれ、前任者の政策を徹底的に否定し、アメリカ第一主義と言いながら、トランプ第一主義としか思えない言動が目立つ。
問題は、トランプが精神的に異常なのか、一連の行動は普通とは違うが精神的に異常とは言えないのか、精神科医の中でも意見が分かれる。異常でないにしても、トランプの行動が予見できないものであることや、トランプへの個人的批判にたいしては異常ともいえるほど執拗にこれに個人的に反撃し、攻撃し、相手を屈辱させるやり方は、彼がビジネスマンとしてこれまでに取ってきた行動を反映したものだ、といった見方では共通している。トランプ自身は、彼への批判は皆フェイクで、自分は「最も安定した天才だ」と自画自賛している。
大統領が任務を遂行することができないと判断した場合には、1967年に批准された米国憲法修正25号で、副大統領と閣僚の半数、あるいは議会によって設立された機関の判断により、大統領の権限を副大統領に移譲することができる。そのような可能性が公に取り沙汰されるようになっているが、今のところこれが実行に移される様子はない。共和党としても、トランプ旋風のお蔭で議会の多数を握ったこともあり、そう簡単にはトランプの引き下ろしは出来ないというところだ。
経済的には上昇気流にあり、株式市場はダウ平均株価が2万5千ドルの大台に乗り、失業率も4.1パーセントと低く、昨年末の大幅な税制改革により企業の投資意欲も徐々に出てきている中、トランプ大統領は政治面では大きく揺れ動かされている。『火と憤慨』の著者のウォルフは、この本がトランプの崩落に繋がると表明している。内外で四面楚歌に陥っているトランプ大統領だが、核攻撃のボタンを握る大統領である。その動向は注視していかなければならない。
▲参考 「国際連合 その役割と機能」植木安弘著 日本評論社 発売予定日 2018年2月15日
トップ画像:トランプ大統領 flickr Gage Skidmore
【訂正】本記事中(初掲載2018年1月10日)、以下の点を訂正いたしました。
(誤)H.R.マッカスター
(正)H.R.マックマスター
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この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。