水素自動車は普及しない
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・日本では将来有望なエコカーは「水素自動車」だとされている。
・しかし、水素自動車はエネルギーコストとインフラ整備、タンク効率においてCNG(天然ガス)自動車に劣る。
・現状では水素自動車は普及しない。
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■ 日本におけるクリーン・エネルギー自動車
自動車はクリーン・エネルギー化が進んでいる。今ではEV(電気自動車)、PHV(プラグインハイブリッド自動車)といった電気自動車が普及期にある。CO2排出量や窒素・硫黄酸化物、微粒子状物質といった有害物質の排出を抑えられるからだ。
日本では「将来は水素自動車」と考えられている。これは燃料電池で電気を作りモータを動かす車だ。純水素を利用する場合、排気は水蒸気しか出さない。またEVとは違い、充電に長時間を要しない。ガソリン車同様に燃料は短時間でチャージできるメリットがある。
だが、水素自動車は本当に普及するのだろうか?
普及しない。なぜなら天然ガス自動車に劣るためだ。現時点ならCNG(コンプレスド・ナチュラル・ガス=圧縮天然ガス)自動車である。将来的には、商船で先行しているLNG(液化天然ガス)エンジン適応車がそれだ。これらは水素自動車同様に充電に時間を要さず環境負荷も低い。
水素自動車は天然ガス自動車には勝てない。以下、その理由としてエネルギーコスト、インフラ整備、タンク密度をあげる。
■ エネルギーコストで劣る水素自動車
▲写真 水素自動車 MIRAI 出典:TOYOTA
水素自動車はCNG自動車に劣る。そのため普及しない。
その第一の理由はエネルギーコストで劣るからだ。
水素自動車の水素はどのようにして作るのだろうか?現時点では天然ガスを熱分解して作る。天然ガスに高温水蒸気を吹き込み、主成分のメタン以下を二酸化炭素と水素に分解して作る。これは無駄が多い。その段階でエネルギーをロスするためだ。
経産省の見積もりでも効率7割である。エネルギー量100の天然ガスからエネルギー量70の水素しか得られない。ちなみに経産省は水素エネルギーを推す立場である。このため、この数字は希望的観測と見るべきだ。実際には更に非効率となるだろう。(*1)
(下図の備考参照)
▲図 各製造方法のCO2排出量比較 出典:水素の製造、輸送・貯蔵について(平成26年4月14日 資源エネルギー庁 燃料電池推進室)
しかもそのための設備が必要である。コストとしては、プラントの減価償却も必要となる。さらには純水素を供給するには前後に別工程も必要である。その上、人件費や地代も掛かる。
対してCNG自動車は天然ガスをそのまま使える。エネルギーのロスはない。その点で水素自動車よりも有利である。
この状況は燃料電池の効率があがっても変わらない。現用のCNG車はMPIエンジンである。ガソリン・エンジンをベースとしているため熱効率が多少悪い。おそらく30%に届くかどうかだ。
だが、燃料電池がそれを超えるには効率60%近くを必要とする。水素生産の不効率を勘案すれば、CNGと同等の性能を発揮するためには電池効率は最低でも45%を必要とする。水素生産・輸送に関係する諸コストを勘案すれば実際にはおそらく60%近くを叩き出す必要がある。ちなみに今の自動車用燃料電池は効率35%でしかない。(*2)
■ インフラ整備で負ける水素自動車
第二の問題はインフラ整備である。
水素自動車は水素ステーション整備のハードルがある。これは従来なかった設備である。それを各地に整備する必要がある。さらにそこに水素を運ぶ配送網を作る必要がある。水素は作るのも厄介だが運ぶのも厄介である。
▲写真 ENEOS 水素ステーション 出典:Google map
水素自動車普及では、そのコストも見込まなければならない。しかも、現状のステーションの能力は低い。中国の記事では、1日30両にしか吸気できない。1日供給量は水素350kgであり、バス10両と乗用車20両の計30両にしか供給できない。(*3)
対して天然ガス・ステーションの整備は容易である。供給網は世界中に整備されている。都市ガスはカロリー調整された天然ガスである。CNG車でそのまま燃やせる。天然ガス供給地域では、配管末端に圧縮機をつければそのまま天然ガス・スタンドになる。
吸気能力にも上限はない。パイプライン末端なので、供給量の天井はない。パイプライン網から外れてもさほどの問題はない。特に日本の場合、天然ガスは基本的にLNGで供給される。その輸入港は各地方に4-5港はある。そのLNGをLNGローリーに分けて、それを天然ガス・スタンドに運べばよい。ちなみにLNGローリーは将来的にはボイルオフと言われる蒸発損分の天然ガスで動かせる。これも水素に対する有利だ。水素では非パイプライン輸送も面倒である。船や港やローリーからつくらなければならないのだ。
▲写真 LNGローリー車 出典:東京ガス
■ タンク効率で負ける水素自動車
第三の問題が自動車タンク容量である。
水素は空間効率が悪い。軽油や天然ガスと同じエネルギー量を積むには巨大なタンクを必要とする。その不利から天然ガス自動車に劣る。
軽油は100リットルのタンクで90万kcalのエネルギーを運べる。対して水素は一般的な200気圧タンク100リットルのタンクでは、5万kcalしか入らない。そして天然ガスは同条件では6倍近い28万kcalを運べる。
これは何を意味するか?
水素バスや水素トラックでは荷物を積む場所がなくなる。10t車ではだいたい300リットル内外の燃料タンクをつける。それを200気圧水素タンクで置き換えると6立方メートル近いタンクをつけなければならない。客室や荷台の一部をタンクに当てなければならず、輸送車両としての経済性は減じるのである。
もちろん天然ガス自動車もタンク容積の不利はある。
ただ、それでも水素よりは相当に有利である。同じエネルギー量なら1立法メートルで済む。うまく配置すればシャーシや床下、屋根上におさまる。実際にいすゞのCNGバスはタンクを屋根上に配置している。
▲写真 ギガCNG車 出典:ISUZU
その上、実用水素自動車のタンクは更に高額となるデメリットもある。容積不利を覆すためタンクを高圧化しなければならないからだ。実際に今のトヨタのミライは700気圧タンクを使用している。一般的なタンクよりも法外に高圧であり、しかも自動車用に軽く作るため高コスト部品となっている。バス・トラック向けとしての大口径・大容量化は更に厄介になる。
この点でも水素自動車は天然ガス自動車に敵わないのである。
■ 水素自動車には出目がない
以上が水素自動車の出目のなさである。
たしかに水素自動車はディーゼルや電気自動車に勝る。環境負荷で前者に優れ、航続距離やエネルギー・チャージの時間で後者に勝る。そのため未来の自動車ともてはやされている。
だが、そこに天然ガス自動車との比較を入れると勝ち目はない。その理由は既述した3つである。その上、当座はCNG自動車は車両価格や保守価格でも有利に立つ。エンジン等は既存技術の延長のため安価だからだ。
もちろん、将来的に燃料自動車が勝つこともあるだろう。例えばアルコール改質水素で動く車なら相当に勝ち目はある。燃料としてアルコールを積んで、それを車の中で分解して水素を作り発電する方式である。それならば話は変わる。
しかし、現状ではCNG車には勝てない。そういうことである。
*1
水素の製造、輸送・貯蔵について 資源エネルギー庁 (平成26年4月14日 )
*2
水素・燃料電池について 平成25年10月 経産産業省(平成25年10月)
*3
李苑、梁敏「氢燃料電池的春天還会遠嗎」『上海証券報』(2017.11.22)
トップ画像:CNGトラック(ISUZUフォワードCNG-MPI) 出典 ISUZU
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。