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.国際  投稿日:2018/5/25

どうなる米韓同盟の将来


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

米韓同盟の基本構図が揺らぎ始めている。

・北朝鮮に米韓同盟と在韓米軍による抑止力の不動を誇示したいトランプ政権。

・朝鮮半島情勢が日米同盟や国家安全保障に複雑な変動の波を投げかけている。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記載されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40197で記事をお読みください。】

 

朝鮮半島情勢の大きな変化の兆しのなかで浮かびあがる疑問の一つはアメリカと韓国の年来の同盟関係がどうなるか、である。1950年に北朝鮮軍の攻撃で始まった朝鮮戦争では米韓両国の軍隊は団結して戦った。いや正確には米軍が韓国を救ったといえよう。以来、70年近く米軍の韓国駐留に基づく両国の軍事同盟は北朝鮮の軍事脅威を抑え、朝鮮半島の安定を保ってきたといえるだろう。

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▲写真 米軍と韓国軍 出典:Edward N. Johnson, U.S. Army Public Affairs Officer

だがこの基本的な構図が揺らいできた。少なくとも表面的には根底から変わってきたようにさえみえる。北朝鮮が米韓両国を敵視する政策を変えつつあるようなのだ。米韓両国にとって北朝鮮がもし軍事脅威でなくなれば、米韓同盟の目的もぼけてくる。ただし韓国の文在寅大統領は北朝鮮との和解の姿勢にもかかわらず、アメリカとの同盟を堅持しようとする基本政策を意外なほど強く保とうとしている。

では米韓同盟の今後はどうなるのか。このままの現状の維持なのか。それとも漂流や崩壊が始まるのか。このあたりを日本の安全保障をも念頭に入れながら、ワシントンでの動きから考察してみた。

「私たちは韓国国民の防衛のための抑止に貢献することを誇りに思う」

在韓米軍司令官のビンセント・ブルックス陸軍大将は米韓軍事同盟の堅固さを繰り返し強調した。今年3月中旬のアメリカ議会上院軍事委員会の公聴会だった。

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▲写真 ビンセント・ブルックス陸軍大将 出典:US Army Photo

北朝鮮が和平への変身をすでに示し始めた時期だったが、同司令官の報告は北朝鮮の核兵器やミサイル、各種砲火、潜水艦、サイバー攻撃まで軍事脅威を強く訴えた。北朝鮮の好戦的な構えを米軍の駐留で抑止してきた米韓同盟の効用をいまこそ強調するという感じだった。(参考記事:「北朝鮮の軍事脅威 在韓米軍司令官報告」その1その2その3

朝鮮半島の平和と安定は在韓米軍によって65年ほども守られてきたといっても過言ではない。その規模はいまは約2万8千人だが、トップのブルックス大将は朝鮮戦争以来の国連軍や米韓合同軍の司令官も兼ねる。

だが最近の北朝鮮の和平攻勢はこの在韓米軍の拠って立つ基盤にも複雑な影を投げ始めた。4月下旬の南北首脳会談の板門店宣言でいまの停戦状態が平和協定となり、北朝鮮の侵略や攻撃がないとなれば、在韓米軍の意義も薄れるからだ。そんな展開はもちろん日本にも大きく影響を及ぼす。

だが北朝鮮の態度が真意かどうかはわからない。年来の「先軍」政策武力統一の宣言を完全に破棄するのか、あるいはトランプ政権の攻勢をかわすため、米韓同盟の離反への企図もこめて偽装の平和路線を語るのか。

アメリカとしてはこんな不透明の時期にこそ米韓同盟と在韓米軍による抑止力の不動を誇示したいのだろう。それでなくてもアメリカの主要新聞が「アメリカ政府が在韓米軍の撤退を検討」と報じ、トランプ政権が否定するような混乱ももう起きているのだ。

北朝鮮へのソフトな基本姿勢が明確な韓国の文在寅大統領もいまのところは前述のように、意外なほど対米同盟の堅持を強調する。だが水面下ではトランプ政権との間の微妙な溝が存在することも隠しきれない。トランプ大統領は昨年9月、北朝鮮の6回目の核実験の直後に次のようなツイートを発信した。

▲トランプ氏ツイッター

「韓国は私がすでに告げたように北朝鮮とのアピーズメント(appeasement)の対話はうまくいかないことをいまや知ることとなった」

このアピーズメントとは敵性のある相手に卑屈なまでに譲歩して、かえって侵略を招いてしまうという意味の「宥和」を指す。かつてイギリスのチェンバレン首相がドイツのヒトラー総統に宥和して第二次大戦の原因を生んだという歴史の逸話でよく使われてきた。文政権はこのメッセージに強く反発した。

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▲写真 ミュンヘン会談から帰国後会見するチェンバレン英首相 1938年9月30日 出典:The United Kingdom of England, Ministry of Information

だが国際関係では「力による平和」を唱え、潜在敵との対決を辞さないトランプ氏と、対外的な協調や妥協を説く文在寅氏と、その基本思考に巨大なギャップがあることは否定しがたい。北朝鮮の軍事脅威への認識や対応でもトランプ政権の支持基盤の保守派では文政権を支える親北勢力への批判は強いのだ。

トランプ政権に近い戦略研究の重鎮エドワード・ルトワック氏戦略国際問題研究所上級研究員)は「韓国は年来、政治面での分裂が激しく弱体で、安全保障に関しては無責任国家に近い」とまで酷評する。

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▲写真 エドワード・ルトワック氏 出典:DLuttwak

韓国での政治的な分裂といえば、民主的に選ばれた大統領をその後任がすぐに刑事犯罪人扱いする近年の過激な傾向や、日本との慰安婦問題での公式合意を政権が変われば反古にするという外交面での特異性も、アメリカ側ではオバマ前政権時代から批判的に受け取られてきた。

この種のアメリカ側の韓国に対するネガティブな反応もこれまでは北朝鮮の軍事脅威の顕在で抑えられてきた。朝鮮半島での目前の危機には米韓両国が団結を強めることがベストという認識だったといえる。だがその北朝鮮の態度ががらりと変わり、微笑だけとなると、アメリカの対韓同盟への姿勢にも変化が生じるのは自然だろう。ただし、この微笑が本物なのか、偽物なのかはまだわからないのだ。

しかし朝鮮半島でのいまの激変の光景はそれが真実であれ、虚構であれ、米韓同盟の根幹にさえこれほどの深遠なうねりをぶつけ始めたのである。そしてそのうねりが日米同盟や日本の国家安全保障にも複雑多岐な変動の波を投げかけているのである。

トップ画像/キャンプハンフリーズを訪れたトランプ大統領と文在寅大統領 出典:Republic of Korea


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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