国の対応が分けた北朝鮮抑留者の運命
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・独裁者が不安を高めない限り、拉致被害者解放は実現しない
・北朝鮮抑留者解放で対照的なトランプ政権と文在寅政権
・拉致問題で韓国は北朝鮮とは同調しても、日本との共闘はあり得ない
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日朝関係に動きが出てきた。その関連で、「圧力か対話か」という不毛の問いがある。私は常に、「圧力というボディ・ランゲージで対話すべき」と答えてきた。経済的締め付けと軍事オプションにより、独裁者自身が不安を高めない限り、北朝鮮との意味のある対話は成り立たない。拉致被害者の解放も実現しない。
そのことを再確認させたのが、同じく北朝鮮に拘束された「韓国人」でありながら、米国籍の3人は解放され、韓国籍の6人(あくまで最近の拘束者数。実際の抑留者は遙かに多い)は全く展望が見えない現状である。
5月10日、北朝鮮が釈放した「アメリカ人」3人が、ポンペオ国務長官らと共にワシントン郊外のアンドリューズ空軍基地に降り立ち、「祖国」の土を踏んだ。未明の午前3時にトランプ大統領夫妻、ペンス副大統領夫妻が揃って出迎えるという異例の扱いだったが、帰国風景には終始ぎこちなさと違和感が漂った。
まずトランプ大統領がタラップを登り、最初に現れた最年長のキム・ドンチョル氏(韓国生まれの64才)に親しく話しかけたが、キム氏は対応できず、後から出てきた韓国系米国人の女性が通訳するまで会話が成り立たなかった。
その後、大統領を中心とする一団は、やや離れて待ち受ける記者団の前まで徒歩で移動し、質疑応答となった。
最初にトランプ氏が「3人の本当にものすごく素晴らしい(really incredible)人々」「本当に立派な(really great)人々」を帰国させたと場を盛り上げようと試みたが、記者団の関心はもちろん当人たちの「帰国第一声」にある。
記者から質問を向けられたキム・ドンチョル氏は、簡単な内容にも拘わらず、ここでもやはり英語での受け答えが出来なかった。
苛立った様子の大統領が、記者の質問をキム氏に繰り返し、答を促すなど奇異な光景が続く中、キム氏は終始通訳の助けを借りつつ韓国語で話した。以下にやり取りを引いておこう。
【記者】故郷に帰った感想は(How does it feel to be home?)
【トランプ】(キム氏に対し)故郷に帰った感想は(How does it feel to be home?)
【キム】(通訳を介して韓国語で)夢のよう。非常に、非常に幸せ(It’s like a dream. And we are very, very happy.)
【記者】北朝鮮にどう扱われたのか(How were you treated by North Korea?)
【トランプ】(キム氏に対し)北朝鮮にどう扱われたのか。答えないといけない(How were you treated? You have to give them the answer.)
【キム】(通訳を介して韓国語で)はい、様々な形で扱われた。私の場合、一杯労働せねばならなかった。しかし病気になった時は治療された。(Yes, we were treated in many different ways. For me, I had to do a lot of labor. But when I got sick, I was also treated by them.)
日本の中学生でも対応できるレベルの英会話である。しかしキム氏は一言の英語も発せず、韓国語での発言に終始した。質問も韓国語に訳してもらっていた。
▲写真 アメリカ人拉致被害者帰国を歓迎するトランプ米大統領(2018年5月10日)出典:The White House
要するに、テレビカメラが捉えたのは、書類上の国籍はどうあれ、明らかに1人の韓国人男性の姿だった。筆者の知人の米大手紙記者も、「サンキューの一言すら英語で出ないとは」と苦笑していた。もちろんトランプ氏が期待したであろう、「大統領のおかげで帰国できた。心から感謝している」といった言葉は出なかった。
キム・ドンチョル氏は、中朝国境地帯で北朝鮮とのビジネスに携わっていたという。残る2人のキム・サンドク氏、キム・ハクソン氏は、ピョンヤン科学技術大学の運営に協力していた。いずれも一般のアメリカ人から見れば、利敵行為とも映りかねない。従って、解放に向けた世論が盛り上がっていたとは言い難かった。
もちろん彼らのスパイ容疑での拘束と強制労働刑は明らかに不当であり、解放を勝ち取った米政府の功績は大きい。アメリカ国籍とトランプ政権の「最大圧力」戦略が彼ら3人の「韓国人」を助けた。
対照的なのが、中朝国境地帯で脱北者救援中に拉致された宣教師をはじめ、多くを北朝鮮に不当拘束されたままの韓国文在寅政権の対応である。人権問題を持ち出すと北が「反発」し融和ムードが壊れるとの怯えから、二度の南北首脳会談中も、その前後の予備会談中においても一度も真剣に取り上げていない。
ここで思い出すのは、2004年前後に筆者が訪米した際のエピソードである。当時韓国は盧武鉉大統領時代で、年来の盟友である文在寅氏も秘書室長などの立場で政権を支えていた。
当時、国家安全保障会議(NSC)の幹部だったマイケル・グリーン氏に対し、北朝鮮のテロ支援国家指定の理由に日本人拉致を書き込む方針を決めてくれたことに謝意を表すと共に、韓国人拉致も盛り込む考えはないかと尋ねた。訪米前に、韓国の拉致被害者家族会から依頼を受けていたためである。
▲写真 マイケル・グリーン氏 出典:U.S. Naval War College
するとグリーン氏は即座に「ない。なぜなら韓国政府が反対しているから」と答えた。拉致は「民族内部の問題」であり外国が取り上げると事が複雑化するので言及しないで欲しい、が韓国政府の意向だという。
第二次盧武鉉政権というべき現在の文在寅政権も当然同じ立場だろう。拉致問題で韓国が北に同調することはあっても日本と共闘することはあり得ない。当たり前の事実だが、再確認しておきたい。
トップ画像/アメリカ人拉致被害者帰国を歓迎するトランプ米大統領(2018年5月10日)出典:The White House
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。