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.国際  投稿日:2018/6/30

変わる東アジアの安全保障 米朝首脳会談総括 その4


古森義久 (ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・米朝首脳会談は、東アジア全体の安全保障情勢を変化させた。

・その変化とは米朝の敵対的関係、米韓同盟、中国の立場の3つ。

・これらは北朝鮮の非核化の進展に関わらず逆戻りの可能性少ない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40742でお読み下さい。】 

 

米朝首脳会談の意味についての分析を続けよう。この会談の最大の主眼だった北朝鮮の非核化については前回に書いた。ここで注目しなければならないのは今回の会談の北朝鮮の非核化を越えての意味である。

この点、先に述べたように、非核化に続く首脳会談の第二の意味として「東アジア安全保障全体の変動」を考えたい。

トランプ大統領と金正恩委員長との会談とその結果をまとめた米朝共同声明によって単に北朝鮮や朝鮮半島の核兵器廃絶に留まらず、日本をも含む東アジア全域の安全保障にも変化の波が生じるのだ。あるいは変化の予兆を生むのだともいえる。

 

(2)東アジア安全保障全体の変動

米朝首脳会談が明示したもう一つの新潮流は朝鮮半島を中心とする東アジア全体の安全保障情勢の変化である。 

北朝鮮の完全な非核化が果たしてアメリカ側が求める形やタイミングで実現するかどうか、保証はない。だがその不透明な展望にかかわらず、すでに起きてしまい、逆転の難しい変化がある。

この変化も三つに分けて考えてみよう。

まず第一の変化はアメリカと北朝鮮の敵対的な関係の質である。

米朝会談の結果、表面的には長年の敵対関係は大幅に薄れた。両国の公式言明に従えば、敵対は消えたとさえいえる。もちろん現実には北朝鮮はなお核戦力も通常戦力もまだ削減はしていない。従来の外部への潜在的な軍事脅威は消えていないのだ。

だが金委員長はアメリカに向かって平和や和解を宣言した。北朝鮮はアメリや韓国にとっては、もはや軍事脅威とはならないと宣言したのだ。この宣言がたとえ結果として虚構、いや最初から意図した虚構だとしても、いま現在の北朝鮮とアメリカとの安全保障面での関係は、たがいに脅威ではなくなったことを誓っているのである。

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▲写真 2018年6月12日 シンガポール・セントーサ島にて、金正恩北朝鮮委員長と握手するトランプ米大統領 出典:在日米国大使館・領事館

朝鮮半島で北朝鮮が軍事脅威ではなくなった新情勢の影響は単に米韓両国や日本にとっての変化だけでなく、アジア太平洋全域への影響を広げるだろう。一つにはアジア駐留の米軍が長年の最大任務をなくすことにもなりかねないからだ。

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▲写真 朝鮮半島東部のTerminal High Higitude Area Defense(THAAD)敷地を訪問した米軍 出典:在韓米軍公式サイト

北朝鮮の平和的姿勢が虚構だという可能性はもちろんある。トランプ政権側もそれに備えて、これまでの厳重な経済制裁はまったく緩めてはいない。

北朝鮮側が万が一、米朝会談での誓約をまったく破り、核武装への再度の試みや対米軍事対決の再度の構えをとるような場合、トランプ政権は完全にだまされたことになる。その結果、トランプ政権がかねて示唆してきた軍事攻撃をも含めての強硬な行動に出る可能性がきわめて高くなる。実際に衝突が起きれば、年来の「アメリカv.s.北朝鮮」という、なかば固定された対立の構図は消えることになる。勝敗の明白な軍事衝突が起きるからだ。

その一方、トランプ大統領が米韓合同軍事演習の中止を発表したように、アメリカ側は現実には北朝鮮を脅威とはみないことを証する動きをもとり始めた。東アジア駐留の米軍にとって北朝鮮が明白な脅威ではなくなるとすれば、その長年の任務の主要部分が消えることになる。アメリカにとっての中国の軍事脅威は潜在、顕在に残るが、朝鮮半島への身構えはがらりと変わってしまうわけだ。

第二の変化は北朝鮮と韓国の関係全体である。

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▲写真 2018年6月12日 板門店の軍事境界線越しに握手する金正恩北朝鮮委員長と文在寅韓国大統領 出典:flickr  Republic of Korea(韓国公式アカウント)

4月下旬の南北首脳会談とその合意を集約した板門店宣言は南北の和解、不戦から統一への希求までもうたっていた。

北朝鮮は国是として韓国を国家としてはみなさず、アメリカの傀儡として敵視してきた。韓国側も北朝鮮を危険な存在とみて敵視した。北朝鮮側は実際のテロや軍事攻撃で韓国敵視の実体を示してきた。だがいまやこの敵対関係は明らかに基本的な変化をみせ始めた。

南北の敵対が和解へと変わる。その結果、当然に予測されるのは米韓同盟の変質である。同盟の希薄化、さらには極端な可能性としての消滅もありうる。なにしろ米韓両国が同盟態勢を組んできた最大の理由は北朝鮮の軍事的脅威だったのだ。その北朝鮮が韓国にとってもう脅威ではないとなれば、北朝鮮への抑止を最大任務としてきた在韓米軍の必要性はなくなることにもなる。

それでなくてもトランプ政権は韓国の文在寅政権に対して微妙な形での不信や不満をちらつかせてきた。北朝鮮の軍事脅威が明白な時期にはそれでも米韓両国とも米韓同盟の堅持を最優先させる言動をとってきた。

だがトランプ大統領と文大統領の間には北朝鮮への姿勢だけでなく中国や日本への政策をめぐっても微妙な差異を感じさせる場面が絶えなかった。

そんな土壌の上で北朝鮮の脅威を韓国が正面から否定するような流れとなったのだ。米韓関係は安全保障だけでなく政治や経済の全般にわたって距離を広げる予兆も散見されるようになってきた。

第三の変化は中国の立場である。

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▲写真 金正恩北朝鮮委員長と習近平国家主席 出典:中華人民共和国人民中央政府

今回の米朝首脳会談によって大きな利益を得るのは中国だという指摘はワシントンの専門家たちの間でかなり広範に述べられている。

米陸軍大学の教授で議会諮問機関の「米中経済安保調査委員会」の委員長を歴任した中国軍事研究の権威ラリー・ウォーツエル氏は「米朝間で合意された米側の北朝鮮敵視の停止、米韓合同演習の中止、さらにはトランプ大統領の在韓米軍撤退の示唆など、すべて中国が長年、求めてきた戦略目標だから、いま中国はひそかに大喜びをしているだろう」と語った。

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▲写真 ラリー・ウォーツエル氏 出典:ECONOMIC and SECURITY REVIEW COMISSION

中国が東アジアに駐在する米軍部隊の全面撤退を長期の目標としてきたことは広く知られている。中国は米韓同盟や日米同盟には反対であり、とくに両同盟の強化措置には激しく反発してきた。韓国への米軍の新型ミサイル防衛網配備にはとくに猛烈に反対し、中国領内の韓国系ビジネスの活動を弾圧までしてみせた。

だがいまや北朝鮮のミサイルの脅威を最大理由に導入されたミサイル防衛網はもうその目的が薄れたという状態となったのだ。中国にとっては願ってもない展開である。

北朝鮮もいまや中国への接近が顕著となった。金正恩委員長はアメリカの脅威を恐れて習近平主席にすり寄った。その結果、中国の北朝鮮に対する影響力が高まることは必然だろう。

中国が韓国にも北朝鮮に同時に接近して、影響力を拡大する。そうなればアジア全域での影響力を広げようとする中国の長期戦略にはぴたりと合致することになる。

こうした東アジア全域での変化は北朝鮮の非核化の進展がどうなるかは別にしても逆戻りの可能性は少ないようにみえる。

(その5に続く。その1その2その3。全5回)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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