米中貿易「戦争」どっちが悪い?
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・米中貿易対立が7月下旬になってさらにエスカレート。
・「米国=保護貿易主義」とトランプ悪者説の日本メディアに変化。
・中国の不公正貿易慣行、経済構造のゆがみが元凶なのは明白。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41249でお読みください。】
アメリカと中国がおたがいに相手から自国への輸入品に特別な高関税をかけ始めた。そのやりとりは7月下旬になってさらにエスカレートしてきた。なぜ米中両国の間でこんな異変が起きるのか。この関税のかけあいは果たして「戦争」なのか。そうだとすればどちらが最初にその原因をつくったのか。
この課題を考えるには日本経済新聞の論調のジグザグがおもしろい指針となるようだ。
▲写真 2017年11月8日北京に到着したトランプ大統領を迎える習近平国家主席 出典:White House Facebook
米中関係の動きをワシントンと北京の両方で長年、追ってきた私自身の見解をまず書こう。
いまの関税摩擦の原因は中国の貿易や経済のあり方の基本にある。国際社会が貿易面で規範とする世界貿易機関(WTO)のルールからみれば、中国の貿易慣行は明らかに違反が多い。アメリカの歴代政権はその違反に不満や抗議を述べながらも、強硬な実効措置はとらなかった。だがトランプ大統領はその「伝統」を破り、アメリカ側の利害からすれば毅然かつ断固とした行動をとったのだ。その目的は中国の不公正貿易慣行を変えさせることにある。
▲写真「Fair Trade」と題された写真 出典:USTR Homepage
だが日本のメディアも識者も高関税という手段で不公正な貿易慣行を始めたのはアメリカ側だとする論調が多い。このへんの日本の実態は国際経済に詳しい田村秀男氏が月刊雑誌HANADAの9月号の巻頭エッセイに詳しく書いているので、引用させていただく。田村氏はかつては日本経済新聞、いまは産経新聞の記者として経済問題を専門としてきたベテランのジャーナリストである。
▲写真 田村秀男氏 出典:田村氏のブログより
田村記者は「トランプをけなす日本メディアの倒錯」という題で以下のような記事を書いていた。一部を省略しながら引用する。
「(米中の貿易摩擦では)驚いたのは、中国に肩入れするメディアや識者が日本には圧倒的に多いことだ。トランプ大統領を『保護貿易主義者』とみなし、自由貿易ルール無視の習近平中国国家主席を事実上、持ち上げる倒錯ぶりである」
「日本経済新聞は7月7日の社説(リンクはWeb版)で中国側の『様々な手口で技術や情報を奪う中国の知財侵害は悪質だ』としながらも、結論は『だからといって制裁や報復に走るのでは、お互いの首を絞めるだけだ』。けんか両成敗といわんばかりだ。そして『米国は鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を、中国以外の国にも発動した。日本や欧州が連携し、保護貿易を封じる必要もある』と締めくくっている。『米国=保護貿易』との印象を読者に与える意図が見え見えだ」
田村記者のコラム記事はさらに日本の他のメディアの論調をも批判的に取り上げていた。
「朝日新聞の7月4日付社説は、『報復関税連鎖 保護主義に歯止め』(リンクはWeb版)である。米国の鉄鋼・アルミ輸入制限と『中国製品に対する高関税』を同列視したうえで、米国に対し『保護主義を改めるべきだ』と説教した」
「7月8日のNHK日曜討論でも、『保護主義米国』を懸念する識者が多い。欧米の主流メディアはおしなべてトランプ政策に批判的なのだが、トランプ政権の対中強硬論を保護貿易主義と決めつけることはしない」
以上のような田村記者の指摘には私も全面的に同調する。別に同記者が産経新聞だからというわけではない。米中貿易関係の経緯や中国の貿易慣行の歴史をある程度でも知っていれば、中国側がまず保護貿易主義的な措置をとってきたことは明白である。
田村記者の指摘した日本の主要メディアの論調のなかでは日本経済新聞のそれがとくに興味深い。前記のように日本経済新聞は7月7日の社説ではアメリカをほぼ悪者扱いにしていた。「日本と欧州が連携し、アメリカの保護貿易を封じるべきだ」とまで述べていた。中国が不公正貿易慣行の元凶だという現実への認識はみせなかった。
▲写真 日経新聞東京本社が入る日経ビル(東京・大手町) 出典:Photo taken by J o.
ところがその同じ日本経済新聞が18日後の7月25日の社説ではほぼ逆転して、非は中国にあり、という論調を打ち出したのだ。この社説(リンクはWeb版)は「中国は世界経済の普遍的ルール受容を」という見出しだった。そして中国側の欠陥やゆがみについて以下のように述べていた。
「ところが中国では(相互市場開放など世界経済の普遍的なルール尊重に)逆行する動きが目立つ。特に昨秋の共産党大会以降、外資系を含む民間企業にも党の下部組織を置くよう圧力が強まった。これでは、外資100%の企業でも経営に共産党が介入する可能性を否定できない」
「問題は、こうした共産党主導の特異な慣行が実質的にWTOルールの枠外にある点だ。WTO加盟の際、欧米などの国々は『中国も変わる』と楽観視していたため、共産党の介入への歯止めを十分に用意しなかったのである。習近平政権は国有企業を『より大きく、より強くする』としている」
「今回の米中貿易戦争には二大国の覇権争いが絡む。それは安全保障上の利害と表裏一体だ。『世界一の富強な国』をめざす中国の対外政策は強硬さが目立っていた。世界経済の安定のため、双方は経済・貿易と安全保障の両面で自制する必要がある」
▲写真 南沙諸島 中国が埋め立てているスビ礁 2015年5月21日 出典:The U.S. Navy
この社説でもなお米中両国の「双方」への「自制」を訴えてはいたが、主要部分では中国側の不公正慣行や経済構造のゆがみを批判的にとりあげていた。中国への奇妙な遠慮が紙面でも頻繁にうかがわれる日本経済新聞でも、こうして中国側の慣行にこそ、いまの米中の貿易面での対立のそもそもの原因があるとするようになってきたことは、より客観的な見解の広まりといえよう。
トップ画像:トランプ大統領夫妻と習近平国家主席夫妻 2017年11月8日(於:北京)出典 White House Facebook
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。