米が朝鮮戦争終結宣言に応じぬ訳
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・北朝鮮が朝鮮戦争終結宣言要求。米は「イエス」と言わず。
・米軍の韓国駐留の意味が喪失し、「核の傘」空洞化の恐れも。
・終戦宣言なら米韓同盟は骨抜きに。北朝鮮非核化が遠のく。
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北朝鮮の非核化問題はなおアメリカと北朝鮮との間で屈折したやりとりが続く。韓国、中国、日本までも巻き込み、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が核兵器を完全に放棄するのかどうか明確な展望は、まったくみえてこない。その不透明なプロセスのなかで確実な動きの一つは北朝鮮が朝鮮戦争の公式の終結宣言をアメリカに対して求めていることである。
朝鮮戦争は実際に戦闘は終わっていても、厳密には休戦、あるいは停戦の状態であり、決して終戦ではない。その状況に対して完全な終戦をまず戦争の当事者たちが宣言しあおうというのが北朝鮮の要求である。だがアメリカ側は応じない。トランプ政権は明確な「ノー」こそ表明しないが、決して「イエス」とはいわない。これはいったい、なぜなのか。
▲写真 板門店では現在も国連軍と北朝鮮軍の対峙が続く 出典:flickr
この朝鮮戦争の終戦宣言がどうなるのかは、一見、いま全世界が最も強い関心を向ける北朝鮮の核兵器完全放棄の見通しとは直接には結びつかないようにもみえる。北朝鮮がこれほど強く求めることならば、アメリカはまずそれに応じてもよいのではないか。応じることが北朝鮮を軟化させ、核兵器放棄にも役立つのではないか。そんな疑問があっても自然だろう。
実際に日本国内の世論や識者の意見をみると、アメリカと北朝鮮がまずこの終戦宣言、あるいは平和協定の調印に合意すべきだと示唆する向きが多い。トランプ政権が「終戦」とか「平和」という概念にさからっているとして批判をする向きもある。トランプ政権はなぜ応じないのか。
この疑問に対するわかりやすい答えを最近、ワシントンで聞いた。なんだ、そんな簡単なことだったのか、と感じさせられた。私なりの答えは持ってはいたが、これほど簡潔にその説明ができるのかと感嘆させられる体験をした。ジャーナリストの活動は古い言葉ではあるが、できるだけ多くの場所に出て、できるだけ多くの人の話を聞くことが欠かせないということだろう。イヌも歩けば棒に当たる、というのは、適切な類似の表現かどうかわからないが、つい思い出す言葉である。
ワシントンの主要シンクタンクの「ブルッキングス研究所」が8月22日に開いた『米韓同盟を再考する(Reimagining the U.S.-South Korea alliance)』と題するシンポジウムだった。民主党系のブルッキングス研究所で安全保障問題を担当するマイケル・オハンラン氏が同研究所の朝鮮問題専門家ジュン・パク氏と「戦略国際問題研究所」で日本や朝鮮半島の諸問題と取り組むマイケル・グリーン氏を招いての討論が主体となった。
▲写真 マイケル・グリーン氏 出典:CSIS Homepage
グリーン氏は本来は共和党系の専門家で、二代目ブッシュ政権では国家安全保障会議のアジア部長として活躍した。トランプ政権とはやや距離をおくが、同政権の北朝鮮政策は熟知する人物である。パク氏は韓国系米人女性で、CIAに北朝鮮問題専門家として数年、勤務した後、ごく最近、ブルッキングス研究所にやはり朝鮮問題担当の研究者として受け入れられた。
さてこのシンポジウムの主題はアメリカと北朝鮮が和解を進めていくと、アメリカと韓国とのいまの軍事同盟は不要になってしまうのではないか、という疑問だった。だがその討論の過程で私の興味をとくに惹いたのは朝鮮戦争の終結宣言についてのグリーン氏の説明だった。
質疑応答のセッションで北朝鮮が熱心に求める朝鮮戦争の終結宣言にアメリカが応じないのはなぜなのか、という質問が出た。それに対する回答としてグリーン氏は次のように述べたのだった。
「もしアメリカがこの段階で北朝鮮との戦争状態が完全に終わったと宣言することは長年の敵対状態の終わりとも解釈されます。米朝の新たな平和協定ということにでもなると、まずいまもきちんと機能している米韓同盟の正当性に影響が出ます。アメリカにとっても韓国にとっても北朝鮮はもう軍事脅威ではないのだから米軍が韓国に駐留する理由がないという主張を生むわけです」
「もう一つ、米韓同盟の効用である韓国にとっての『核の傘』も空洞化される恐れがあります。アメリカが北朝鮮の核兵器をもう懸念しない、北朝鮮自体が核の脅威ではない、ということになれば、米韓同盟によるアメリカの韓国への拡大核抑止が無用という事態にもなりかねない。このことは同時に北朝鮮の長年の主張である『朝鮮半島の非核化』に勢いを与えることなる。そうなると米側が最も強く求める『北朝鮮の非核化』が遠ざかる危険も生まれます」
要するにいま米朝で戦争終結宣言をすれば、米韓同盟が骨抜きになり、北朝鮮の非核化も実現が難しくなる、という説明なのだ。グリーン氏は前述のようにトランプ政権の一員ではないが、トランプ政権のアジア関連の安全保障政策を熟知する立場にある。
トランプ政権が朝鮮戦争の終結宣言には応じないのは、以上のような、わりに簡単な理由からだということである。
トップ画像:米朝首脳会談(2018年6月12日 シンガポール)出典 ホワイトハウスFacebook
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。