プーチン突然の提案 悲観の必要なし
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー2018#36」 2018年9月17-23日
【まとめ】
・プーチン氏の「年末までに前提条件なしで平和条約締結を」との提案に安倍首相が反論しなかったことが批判された。
・日露交渉の目的として最低限達成すべきは、ロシアとの対話を続けること。
・台風21号に関連した中国のfakeニュースで台湾への世論工作が展開されたとの見方。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイト https://japan-indepth.jp/?p=42048 でお読み下さい。】
先週はプーチン大統領の「突然の提案」のお蔭で日本は大騒ぎだったが、海外主要紙は殆ど報じていない。NYT電子版に至っては「Russia’s Putin Says His Japan Peace Treaty Proposal Was No Joke」というロイター電を短く編集した記事を流しただけ。このヘッドラインを読む限り、欧米の読者にはチンプンカンプンだろう。
この「提案」なるものが東京で大ニュースとなるのは仕方ない。日本では、プーチン氏がウラジオストックの東方経済会議の質疑応答部分で、「今頭をよぎったことだが」と前置きし、「年末までに前提条件なしで平和条約を締結しよう」と述べたこと、更にはその場にいた安倍首相が反論しなかったことが大いに批判された。一体なぜなのか。
今週は英語コラムしか書く場がないためJapan Timesに書いた。日本語版はないので、ここで簡単に要約しておく。
要するに、
①プーチン氏の提案は突然の思い付きなどではなく、周到に計算された反撃だ。
②主要各紙の社説で安倍首相の「沈黙」を批判する向きもあるが、これは所詮、総裁選も含めた内政がらみの話だろう。
③最も重要なことは、ロシア・プーチン氏の考え方や立場が近年ほぼ一貫しており、「北方領土の帰属の問題を解決」して平和条約を結ぶこ とに消極的なことだ。北方4島での「共同経済活動」が主権の問題も あり簡単には動かないから、ここで一発仕掛けてきただけだ。され ば、別に驚くべき提案でもないし、何も悲観する必要はない。
筆者はロシア語の専門家ではないし、交渉の経緯に精通している訳でもない。されど、というか、だからこそ、素人の方が大局を掴み易いのではないか。今の日露交渉の目的として最低限達成すべきは、ロシアとの対話を続けることで「不法占有者」による所有権・使用権の「時効取得」を回避することだと筆者は割り切っている。
その意味では対露交渉は一定の成果を挙げているし、これで4島が今すぐ返ってこないとしても、それはそれで、これからも長く続く交渉の一側面と考えれば良いのではないか。ロシアが中国との関係も睨みながら、近くない将来に地政学的、戦略的な決断を下す可能性が残っている以上、現状が悪い方向に向っているとは思わない。
これ以外の結論が出るとしたら、それは交渉結果に対する期待値が高過ぎるのか、または内政上の理由で何らかの政治的な判断を下さざるを得ないのか、その両方か、のいずれではないだろうか。その意味で主要各紙社説の結論に異を唱えるつもりはないが、どの社説も、どこか「ピントがずれている」感じがする。
今週もう一つ気になったのは、中国のfakeニュースによる他国での世論操作だ。ロシアによる米国内政への介入は、特別検察官の捜査もあり、米国では徐々に全貌が明らかになりつつある。だが、この種のオペレーションを国家的規模でやっているのはロシアだけではない。中国の動きは要注意、日本でも既に行われている筈だ。
写真)2017年のG20サミットで会談する米露両首脳
出典)ロシア大統領府
ある台湾の友人に教えてもらったのが次の記事だ。「【台風21号】関空孤立めぐり中国で偽ニュース 「領事館が中国人を救出」 SNS引用し世論工作か」と題された記事はfakeニュースの意図的拡散による特定国世論の誘導・操作の恐ろしさを浮き彫りにしている。具体的には次の通りだ。
台風21号の影響で旅行客ら最大約8千人が関西国際空港に取り残された問題をめぐり、「中国の総領事館が用意したバスが関空に入り、優先的に中国人を救出した」とのfake情報が中国のインターネット上で拡散したそうだ。日本で起きた災害をきっかけに中国国内や台湾への世論工作が展開されたという。
写真)浸水した関西国際空港
出典)国土交通省近畿地方整備局
関西空港閉鎖に伴い、中国人旅行客も約千人が取り残された。関連記事によれば、この偽情報は「海外で災害などに遭遇した台湾人の不安心理を揺さぶる中国側の巧妙な宣伝工作」(北京在住の台湾籍の男性)だという。これが、日本の世論に対して行われるようになったらと思うとぞっとするのだが、皆さんはどう思うのだろうか。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ画像:握手を交わす日露両首脳 出典:ロシア大統領府
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。