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.経済  投稿日:2018/9/24

水素電力貯蔵はバナジウム電池に敗北する


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・水素電力貯蔵はバナジウム電池(VRFB)に勝てず普及の見込み無し。

・VRFBは電池効率、貯蔵効率、設備価格で水素電力貯蔵を圧倒。

・バナジウム高騰はVRFB普及間近を示す。水素社会は来ない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42129でお読みください。】

 

水素社会は来ない。これは以前に述べたとおりだ。「衝撃!『水素社会』は来ない」では製造、輸送、貯蔵のコストは大きく割に合わない点を指摘した。「水素自動車は普及しない」では自動車用としてもディーゼル、ガソリン、EVに加えてCNGとも競合する旨を述べ、天然ガス由来の水素ではコスト的にCNGには勝てない点を指摘した。

付け加えれば電力貯蔵でも勝ち目はない。水素社会では電気分解と水素燃料電池による貯蔵も構想された。昼間の太陽光電力を夜に使う用途である。従来の揚水発電NAS電池(編集部注:負極にナトリウム(Na)、正極に硫黄(S)、両電極を隔てる電解質にファインセラミックスを用いて、硫黄とナトリウムイオンの化学反応で充放電を繰り返す蓄電池(二次電池)。日本ガイシが実用化した。)による貯蔵に水素も参加させるアイデアだ。だが、そこでも見込みはない。

■ なぜ水素電力貯蔵は見込みがないのか?

VRFBに勝てないためだ。大規模・中規模の電力貯蔵で競合する新電池であり経済性で水素を圧倒している。つまり電力貯蔵でも水素は選ばれない。ここでも水素社会は来ないのだ。

 

■ 2液式充電池VRFB

VRFBとはバナジウム・レドックス・フロー・バッテリー(Vanadium Redox Flow Battery)の略である。

レドックス・フロー電池は二液式充電池だ。本体電池にプラス電解液、マイナス電解液を循環させる構造である。電池は両液中の未使用成分を利用して電力を作る。逆に電池に電流を送れば充電となる。液中の使用済成分は未使用状態に戻る。最大電力は本体電池能力で決まり、電池容量は液体タンク容量で決まる。

その電解液にバナジウムを用いるタイプがVRFBだ。プラス液、マイナス液とも同じ硫酸バナジウム溶液を使う。

このVRFBの実用化により水素貯蔵は意味を失う圧倒的な経済性の格差、具体的にあげれば電池効率、貯蔵効率、設備価格で水素電力貯蔵は完全劣位に陥るからだ。

▲図 VRFBの概念図 出典:住友電工ウェブページの「住友電工のエネルギーソリューション」より

 

■ 電池効率

VRFBは水素を圧倒する

第一の理由は電池効率での優越である。これは投入した電力のうち何%を取り出せるかの指標だ。その数字が高ければ高いほど経済性に優れる。

VRFBは電池単体で75%以上を達成している。(*1)定格75kwhの電池の完全充電は100kwhで済む。あるいは100kwhの電力を投入した電池から75kwhの電力を取り出せる。つまり充電ロスは25%で済む。

対して水素電力貯蔵では50%に達しない。電気分解による水素製造の実効率は最高70%程度である。水素燃料電池の変換効率も最高で60%程度だ。つまり合算効率は42%である。100kwhを水素貯蔵に投入しても取り出せるのは42kwhだけでしかない。68kwhは無駄になる。

長期的に見ても水素効率は70%には達しない。液相での電気分解の効率は80%が天井である。また燃料電池の将来発達予想でも80%を超える話はない。頑張っても64%だ。

VRFBと較べて水素電力貯蔵は無駄が多い。不経済であり選択されないのだ。

▲図 水素電力貯蔵(※加筆赤面部)水素社会構想には水素による電力貯蔵が含まれるがロスが多い。手間をかけて電力を水素に換え、再び水素を電力に戻すためだ。それなら電池のなかで電解液と電子のやり取りをしたほうがよい。 出典:経済産業省「水素社会の実現に向けた取組について(2015.2.24)」p.4のイラストに加筆。

 

■ 貯蔵効率

VRFBは水素を圧倒する

第二の理由は貯蔵効率の差だ。VRFBはタンク容積あたりの貯蔵電力量が大きい。そのため貯蔵タンクの経済性で圧倒する。

VRFBは電力1kwhの貯蔵に合計60リットルの電解液しか必要としない。(*2)つまり1万kwhの電力貯蔵はタンク容積600立米で達成される。縦横高さが4mの立方体タンク10ヶ弱あればよい。またタンク形状や強度や耐食性の制約も小さい。極端な話、井戸を掘って内貼するだけでも利用可能だ。

だが、水素では1kwhの保管に容積500リットルを必要とする。1万kwhの電力には1気圧で5000立米の水素が必要とする。縦横高さで17mの立方体タンクが必要となる。

圧縮貯蔵はコスト増加を伴う。圧縮にもエネルギーは必要となる。その上、容器となるガスホルダーも球体あるいは円筒の耐圧型にしなければならない。

取扱の差も大きいVRFBは危険や面倒はない。プラス液を摂氏45度以下に維持するだけだ。対して水素は可燃物である。その点で使いにくい。

この貯蔵効率でも水素はVRFBに劣るのである。

▲写真 ガスホルダー 水素は貯蔵も厄介である。ガスホルダーにしても10気圧以下であり、球面かつ耐圧密閉構造のため安価には作れない。 出典:WIKIMEDIA(撮影Mikkabie)

 

■ 本体電池価格

VRFBは水素を圧倒する

第三の理由は本体電池の価格差だ。これもVRFBは経済性で水素を圧倒する。水素電力貯蔵は法外に高価な燃料電池を用いる。そのため競争にならない。

VRFBは現段階で1kwあたり35万円程度である。既述した『金属功能材料』記事では5kw本体電池の価格を約350万円としている。そして同時期には技術発展があり電池出力は数倍に向上した。向上分を2倍としても35万円/kwとなる。

これが水素で使う燃料電池なら1kwあたり200万円程度はする。500~700wの燃料電池を含むエネファームの市販価格は200万から250万である。うち燃料電池のコストを半分とみればその程度だ。ちなみに「NEDO 燃料電池・水素技術開発ロードマップ」でも現時点価格は数百万円/kwとしている。

つまり5倍程度の価格差となる。同じ能力10万kwの電力貯蔵設備を作る場合、VRFBなら本体電池は350億円で済む。対して水素貯蔵なら燃料電池に2000億円かかる。

格差は今後も拡大する。VRFBは燃料電池と較べて歴史が浅く累計投資額も小さい。つまり改良の余地は研究が進んだ燃料電池よりも大きい。特に隔膜の代替品が見つかれば価格は一気に下落する。

 

■ バナジウムの高騰

水素電力貯蔵は実現しないということだ。新電池VRFBに経済性で劣る以上、そうなる

そのVRFBの普及も間近である。

実証運転の結果は良好である。北海道では出力1.5万kw、容量6万kwh電池が15年末には運用開始されている。他国の例も多い。

そして市場もVRFBを前提に動いている。それを示唆するのがバナジウム高騰だ。15年末には1ポンド5ドル未満だった。それが今では20ドル前後である。これはVRFB需要を見越した結果とされている。

このVRFBが商業展開したとき水素貯蔵構想はトドメを刺される本質的に経済性で劣る上、実現性でも遅れを取る。挽回の余地はない。この点でも水素社会は来ないのだ。

 

(注)

*1「钒電池:引領世界純電動汽車的電池潮流」『金属功能材料』2013年第5期(中国鋼研科技集団,2013)pp.51-52.

ただし、VRFBは自動車用電池には向かない。

*2 Kim et al.”1 kW/1 kWh advanced vanadium redox flow battery utilizing mixed acid electrolytes”,”Journal of Power Sources ”237 (Elsevier,AMSTERDAM,2013) pp.300-309.

For the 1 kW/1 kWh system, 30 L each of anolyte and catholyte was used and contained in a 45 L tank made from high density polyethylene (HDPE).

とある。実際は液中濃度次第だが60リットルで1kwhとした。

トップ画像:水素ステーション 出典 flickr


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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