「一帯一路」が招くウイグル人大弾圧
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・ウイグル住民への前例なき大量強制収容と洗脳工作が加速中。
・米報告書は弾圧背景に「一帯一路」指摘。対中制裁措置示唆。
・協力姿勢の日本官民は「一帯一路」の非人道的な面、考慮すべき。
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私が中国政府によるウイグル人弾圧に真剣な関心を向け、報道を始めてからもう十数年が過ぎた。中国共産党政権がウイグル人の宗教、言語、文化などを民族浄化に近い形で剥奪しようとする行動にはすでに長い歴史がある。しかし現在の大量な強制収容や残酷な洗脳作戦は前例がない。
なにがこの新たな規模での大弾圧の原因なのか。習近平主席の「一帯一路」構想がその直接の原因のようなのだ。非人道的な結果をももたらすその野心的な構想に、わが日本政府も協力の姿勢をみせることには再考が必要だろう。
▲写真 「世界ウイグル会議」議長ラビア・カーディル氏(中央)出典:United States Mission Geneva
「日本の人たちに同胞の抑圧の悲惨を知ってもらいたい。日本に行くのはどうしたらよいですか。」
ウイグル人女性のラビア・カーディルさんが私の手を固く握って、問うてきたのはもう13年も前、2005年のことだった。ワシントンでの彼女の講演を取材して帰ろうとした際、呼びとめられたのだ。
カーディルさんは中国の新疆ウイグル自治区で国家安全危害罪で6年も獄につながれ、アメリカ政府の支援で釈放後、移住を認められたばかりだった。その後は「世界ウイグル会議」議長となり、訪日も数回、果たした。
私は産経新聞中国総局長として1998年から北京に駐在して以来、いわゆるウイグル問題には関心を向けてきた。中国共産党政権の苛酷な措置は折にふれ、報じてもきた。その経験からワシントン駐在へと戻ってからも、ウイグル問題には関心を絶やさなかった。
ワシントン地区での活動を始めたカーディルさんとの出会いもその結果だった。
だが、2018年10月の現在、彼女が故郷に残した親族10数人が強制収容所に捕らわれた。中国共産党政権によるウイグル人弾圧は長い歳月、少しも減らないどころか、一気に次元を超えて悪化したのだ。アメリカの議会と政府の合同組織「中国に関する議会・政府委員会」の2018年度の年次報告が詳細に明かしていた。
中国政府の人権や法の支配の状況を調べた同報告は新疆ウイグル自治区でウイグル人約800万のうち100万もが、全区で1300ヶ所もの強制収容所に入れられたことを伝えていた。所内ではイスラム教や民族古来の言語、風習、文化を捨てる「政治再教育」を無期限に受けさせられる。その過程では水責めの拷問、強制絶食、睡眠禁止などの苛酷な措置が加えられる。
アメリカ官民あげての1年にわたる調査に基づく同報告は、中国政府がウイグル人に民族や宗教の年来の帰属要因をすべて放棄させ、共産党の無宗教の理念の下に「中国化」する大作戦を徹底させ始めたことを伝えていた。とくに海外で中国共産党の行動を批判するカーディルさんのような在外ウイグル人の指導者や学者、言論人の留守家族への懲罰的な措置がひどいという。
同報告は中国を批判する在米ウイグル人記者の82歳の母や、ウイグル人学者の61歳の弟らが収容所内で次々に不審な死をとげた悲惨な状況をも詳しく記していた。そして中国政府のいまの措置を「人道に対する罪」と断じていた。
▲写真 トランプ米大統領(右)とペンス副大統領(左)出典:flickr NASA HQ PHOTO
トランプ政権も正面からウイグル問題での中国政府の非人道的な措置を非難するようになった。トランプ政権を代表するマイク・ペンス副大統領は、ワシントンでの10月4日の演説で次のように述べた。米側の対中政策の歴史的な転換を画す重要演説のなかでの主要ポイントだった。
「新疆では中国共産党はイスラム系ウイグル人を100万人にも達するほど多数、政府が新たに開設した強制収容所に拘束し、昼夜を問わない洗脳を課している。その強制収容に生き残った人たちは自分たちの体験を北京政府によるウイグルの文化を絞め殺し、イスラムの信仰を踏みにじる意図的な試みだと描写している」
ペンス副大統領は、だからアメリカ政府としてこの中国の行為に断固として抗議し、その阻止のためには制裁措置をもとることを示唆したのだった。だが中国共産党はここにきてなぜ急にウイグル人の弾圧を徹底させたのか。
▲写真 習近平国家主席の側近と言われる陳全国・新疆ウイグル自治区中国共産党委員会書記 出典:Public Domain
新疆ウイグル自治区の中国政府最高権力ポストの共産党委員会書記に習近平側近とされる陳全国氏が就いたのは2016年8月だった。共産党中央委政治委員の陳氏はそれまでチベット自治区での「中国化」に実績をあげたとされた。そして新疆ウイグル地区では昨年春から前例のない大規模なウイグル住民の大量強制収容と洗脳工作を異様なスピードで推進した。チベットや内モンゴルでの少数民族の強制同化とはまったく異なる勢いでのこの工作の真の理由はなんなのか。
▲写真 「一帯一路」構想を推進する習近平国家主席 出典:Wikimedia
アメリカの同委員会の報告はこの疑問への答えとして「一帯一路」構想をあげていた。習近平主席が始めた野心的なインフラ建設の現代版シルクロードの同構想では新疆ウイグル自治区が最重要なハブ(中枢)になるというのだ。
そのハブでは地元社会の長期の安定が求められる。中国政府からみての「分裂主義」や「過激派」のウイグル民族の反中志向が少しでも残っていてはならない。そんな共産党首脳部の非道な計算こそが今回の大弾圧を招いたというわけだ。
「一帯一路」の不都合な真実とでも呼べようか。こんな非人道的な措置をももたらすインフラ建設構想に日本の官民ともいまや協力の姿勢をみせそうな気配がある。いくら経済面での利得を追うという動機であっても、人道面でのこうした現実も考慮の要因としなければならないだろう。
トップ画像:中国政府によるウイグル住民への弾圧に反対するデモ(2009年1月26日 米・ワシントンD.C.)出典:flickr mike benedetti
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。