中国の「一帯一路」は失敗だった
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・「一帯一路は失敗」が米国の見解。習氏「小さく美しく」への方針転換でも裏づけられる。
・一帯一路は目的を果たさず、世界規模の債務拡大と中国への反発や不信を増すだけに終わった。
・日本が参加していたら国際的恥辱だった。
日本が加わらないで、本当によかった。参加していたら、いまごろ中国とともに国際的な恥辱となっていただろう。とくに安倍政権時代には政権の一部で参加に傾いた向きもあったのだ。中国政府の野心的なインフラ建設構想、「一帯一路」のことである。
この構想は中国の習近平国家主席が就任後まもない2013年10月、内外に大々的に宣伝して打ち上げた大計画だった。中国から中央アジア、中東などを経て、陸上、海上の両方で中国主体の高速の道路や鉄道、空港、そして港湾や水路などインフラ施設を建設するという構想である。中国はそのために貯めてきた巨額の資金を参加の諸国に融資する、というわけだ。
日本では当時の安倍政権内で親中派の二階俊博氏や今井尚哉氏らが日本もこの一帯一路に加わることを提唱していたという。だが安倍政権全体としては結局は不参加と決めた。
さてその構想打ち上げから10年、中国政府はこの2023年10月中旬、一帯一路の10周年を北京での大規模な国際集会で祝い、その成功を強調した。
だがアメリカ側ではこの構想を当初から中国の覇権の追求とみて警戒し、批判していた。いまや客観的にみても、その中国自身の狙いも失敗に終わったといえるようだ。少なくともアメリカ側の見解は「一帯一路は失敗」というのがコンセンサスなのである。
ただし日本側ではこの構想を失敗だと明言する人はきわめて少ない。いまやどうみても挫折、よくみても不成功としか判断するほかないこの構想を「まあ、それなりの成果をあげた」というような曖昧な表現で総括する中国専門家が大多数のようなのだ。その背後には中国政府への日本の中国専門家たちの生来の忖度や恐怖が散らついている。
一方、アメリカ側の反応では、「荒廃への中国の道・北京の一帯一路の真の被害」と題する論文が代表的だった。大手外交雑誌の「フォーリン・アフェアーズ」10月号に載った長大な同論文はスタンフォード大学の国際問題研究所の2人の研究員フランシス・フクヤマ、マイケル・べノン両氏が筆者だった。
フクヤマ氏は東西冷戦でのソ連崩壊について「歴史の終わり」という論文で国際的注視を集めた政治学者である。べノン氏は国際開発を専門とする経済学者である。
この論文は中国が総額1兆ドルを100ヵ国以上に投資して、世界最大規模のインフラ建設を進めたが、中国のパワーと影響力を広め、中国、対象国の両方に経済成長効果をもたらすという本来の目的を果たさず、世界規模の債務の拡大と中国への反発や不信を増すだけに終わった――と総括していた。
同論文は一帯一路により「債務の罠」や債務の破綻をきたした国としてスリランカ、アルゼンチン、ケニヤ、マレーシア、パキスタン、タンザニアなどをあげていた。中国への債務を払えなくなったこれら諸国の多くは国際通貨基金(IMF)や世界銀行の特別救済資金に頼ったことで一帯一路の被害は国際社会主流の公的開発資金にも及んだという。
ワシントンの研究機関「ジェームズタウン財団」も10月下旬に一帯一路を総括する論文を発表した。「どこにも行かない中国の道」という題の同論文は中国側が重視した「中国パキスタン経済回廊」構想がパキスタン側の財政破綻や住民の大抗議でパキスタンの年来の親中姿勢までを変えたと指摘した。
同論文はこの経済回廊が中国の新疆ウイグル自治区からパキスタンのグワダル港を鉄道や高速道路で結ぶ構想だったが、中国側の融資の内容が不透明な点や実際の工事に中国側の企業だけを使う点などがパキスタンの反発を生んだという。
アメリカ側では中国が一帯一路の陸上の出発点を新疆ウイグル地区としたことがウイグル民族への大弾圧につながったとの見方も広範だった。
アメリカではそもそも2018年の国防総省の中国の軍事力についての報告でも一帯一路の軍事戦略的な危険を指摘していた。一帯一路は「国家集中的な政経システムを国際拡大する覇権志向の構想であり、他国に中国への債務依存を通じ軍事面での基地使用をも狙う」としてスリランカのハンバントタ港の例をあげていた。
▲写真 マータラからハンバントタまでの南部高速道路の延長工事の様子。 一帯一路構想の枠組みに基づく主要インフラプロジェクトの一つ(2018年11月16日、スリランカ・ハンバントタ)出典:Paula Bronstein/Getty Images
いまバイデン政権の国防次官補を務める中国問題専門のイーライ・ラトナー氏も2018年の議会証言で「中国が自国の独裁体制を対外的に拡大し、アメリカ主導の国際安全保障体制を崩すことが一帯一路の真の意図だ」と述べていた。だが中国側のその狙いは成功しなかった、というのがいまのアメリカでの一致した見解だといえる。
この一帯一路失敗という見解は、まずいまの中国の経済自体が衰退し、弱体化したことで確実に証明されるといえよう。この構想はそもそも中国自体の経済を国際的な場で成長させ、その影響力をグローバルに広げることを意図していた。だが構想のスタートから10年の現在、中国経済はかつてない縮小を明示したのだ。
中国から融資を受けた一帯一路参加の諸国の経済も顕著な成長や好調を示したところは皆無に近い。要するにこの巨大な国際インフラ建設計画は国際的な経済活力を生まなかったのだ。
この構想の失敗は習近平主席が今後の一帯一路について「小さく美しく」と根本方針の変更を明言したことでも裏づけられる。これまでの構想は「大きく醜く」だったことの自認だとも解釈できる言明なのである。
日本もこの一帯一路の構想に参加せず、本当によかったといえるだろう。この点は二階氏や今井氏に見解を問いたいところでもある。
トップ写真:ロシアのプーチン大統領ら各国首脳を招いた第3回「一帯一路」フォーラムで記念撮影に臨む習近平国家主席(2023年10月18日中国・北京)出典:Photo by Suo Takekuma-Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。