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.国際  投稿日:2023/2/11

中国の脅威への対処法 その5 「引っ越しできない相手」論を止めよ


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】

・対中「引っ越せない」論は、隣国の主張を理解し抵抗しないようにすべきという「対中融和論」。

・独立国家は隣接の国家に対してこそ、厳しい態度をとるべき。

・隣接国に対してこそ自国の利益を守るため自主的で堅固な姿勢を保たねばならない。

 

日本の中国への対処法を論じるときに、よく「引っ越しのできない相手国だから」というセリフを聞く。日本側の一部の、いわゆる識者の言である。その代表例は自民党の長年の親中派、二階俊博氏だろう。

この対中「引っ越せない」論はとにかく中国とは協調して、中国のいやがる言動を避けることが必要だ、という主張である。日本と中国は隣国同士であり、その地理はもう変えられないのだ、という指摘でもある。ここまではとくに問題はない。日本と中国が隣国同士である事実は地図をみなくてもわかる。小学生でも知っている常識だろう。

だがこの「引っ越せない」論の愚かさ、そして危険性はそこから先の主張にある。その主張は「中国は引っ越せない相手だからその中国との関係は大切に、穏やかに保たねばならない」という方向への提唱へとエスカレートしていく。二階氏の言辞がまさにそうである。

この主張の土台は「隣国との関係はとくに重要だから友好を保たねばならず、そのためにはその隣国の主張を理解して、抵抗しないようにすべきなのだ」という対中融和論なのだ。

これまた二階氏の長年の言動をみれば、よくわかる。二階氏は政権与党の領袖なのに、日本が中国から受けている不当な扱い、その結果としての被害について不満を述べることは決してない。私自身、新聞記者として長年、日中関係の報道にあたり、二階氏の中国にかかわる言動には注意を向けてきた。

その結果として、二階氏が日本の尖閣諸島への中国の武装艦艇の頻繁な侵入に抗議したことは、ただの一度も見聞したことがない。二階氏が中国の台湾侵攻への武力威嚇を批判したこともない。もちろん中国の国内でのチベット、ウイグル、あるいは香港という地域での人権弾圧を提起したこともない。とにかく「引っ越しのできない相手」だから友好に反する言動はとってはならない、という態度なのである。

だがこれほど愚かな態度はお笑いの材料にもならない。むしろ危険である。日本の国益の重大な侵害へとつながる。その理屈は国際的な現実からあまりにも遊離しているからだ。独立した主権国家が単に地理的に隣接する他の主権国家に対して、その要求や主張に特別に寛容に、友好的に、応じるべきだという理屈は一体、どんな根拠から出てくるのだろうか。

世界の現実では独立国家は隣接の国家に対してこそ、厳しい態度をとるべきなのである。両国は隣接であるがために、利害が衝突しやすい。領土の紛争、歴史の争い、経済の競合など対立案件は隣同士だからこそ、山積する。その対立に面して、「引っ越しのできない相手だから」という理由で譲歩や妥協を続ければ、自国の国益はどんどんと削られていく。

世界の現状では絶対多数の諸国が「引っ越しのできない相手」に対して、とくに厳格で、冷徹で、強固な姿勢を保っているのである。明白な敵対関係にある国家同士も「引っ越しのできない相手」である場合が多いのだ。いまのロシアとウクライナの軍事衝突をまずみればよい。

インドとパキスタンも「引っ越しのできない相手」として厳しい対立を続けてきた。戦争となったことも複数回ある。領土紛争、宗教対立、民族差異など隣国同士だからこそ、おたがいに譲歩や妥協はできないという姿勢なのである。

中東でのイスラエルとアラブ諸国の関係も同様である。地理的に隣接しながら敵対を続け、これまた戦争にまで何回も突入してきた。インドと中国との関係もこれに似ている。地球の裏側の南米ではブラジルとアルゼンチンが隣国同士だが仲が悪い。フランスとドイツの関係も引っ越しのできない相手だから衝突することが多いのだといえる。

だからどの国にとっても隣接の相手国に対してこそ自国の利益を守るために自主的で堅固な姿勢を保たねばならないのである。日本と中国との関係もまさに同様である。だから二階俊博的な「引っ越しのできない相手」論はまったくにピント外れなのだ。

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トップ写真:習近平主席に表敬する二階俊博自民党幹事長(当時)2019年4月24日 中国・北京 出典:Photo by Fred Dufour – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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