アメリカを侵す中国 その2 トランプ政権の最大課題
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・トランプ政権外交の切迫した最重要課題は、疑いなく中国。
・習近平政権になり初めて統戦部を大幅拡大、グローバルに機能させるようになった。
・ 中国統一戦線の最大の標的は超大国アメリカ。
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米中関係のこうした現状や中国側の統一戦線工作についてさらに詳述する前に、現在のワシントン全体の状況をまず伝えておこう。
本格的な秋に向かう首都ワシントンで国政を揺さぶる最大の要因といえば、一も二もなく、ドナルド・トランプ大統領である。
文字どおり連日連夜、この型破りの大統領がとる言動は全米を大きく揺らがせる。議会や国民、メディアの側は大統領の政策や発言に反対するにせよ、賛成するにせよ、とにかく揺さぶられ続きである。いつもトランプ大統領が先手先手をとって、あらたな振動や波紋を引き起こすのだ。
反トランプの議会民主党やメディアがそれに反応して、反対の叫び、怒りの動きをみせる。トランプ大統領への悪口雑言の限りさえもぶつけてくる。
一方、大統領の動きに賛成して反トランプの主要メディアを逆に叩く人たちも少なくない。議会の中間選挙を11月にひかえ、その予備選では共和党候補のなかでもとくにトランプ大統領への支持を強く表明した人物に有権者たちのより多くの票が集まるという傾向も顕著だった。いずれにせよ、台風の目はトランプ大統領なのである。
では国際問題はどうか、トランプ政権が主導する外交のうねりなかで、なにが最大の課題だろうか。この答はごく客観的にみて、中国なのである。
アメリカにとって、トランプ政権にとって、対外的な課題でいま最も多くの注意を払い、最も多くの精力を注いで、対策を練る対象といえば、疑いなく中国である。
アメリカが中期、長期に最も強い脅威を感じる相手はいまやイスラム・テロリズムでも北朝鮮でもなく、ロシアでもなく、中国なのだ。こうした認識がコンセンサスとなってきた。その中国自体がアメリカに対してついに正面からに近い挑戦の構えをみせてきたのである。
ではこの中国の膨張に超大国のアメリカとしてどう対応すべきなのか。この議論はトランプ政権の登場の時点からすでに起きていた。
政権の内外でも、議会でも、ニュースメディアでも、学界でも、アメリカにとって、さらに世界にとっての中国をどう定義づけ、どう対抗すべきか、あるいは協調すべきか、は切迫した重大課題となってきたのだ。
そうした状況のなかで、中国がアメリカに対して仕かける幅広い工作の担い手が「統一戦線」であり、その工作の方法が「統一戦線方式」だというわけである。アメリカに対する多方面、多様な戦いであり、チャレンジなのだ。こういう現実がアメリカ側で幅広く認識され、懸念されるようになったのである。その結果の一つが「統一戦線」への警戒の議論なのだといえる。
本来の統一戦線とは前述のとおり、中国共産党中央委員会の統一戦線工作部(組織としての略称は統戦部)のことで、共産党と党外の協力的な政治勢力との連携を主任務として1942年に設立された。
この時期は日中戦争を含む第二次世界大戦の最中であり、日本と戦う中国共産党にとって中国内部の非共産主義の諸勢力との連帯強化は致命的に重要だった。その任務が統戦部に与えられた。ただしこの種の「連帯」も共産党にとって不要となれば、仮借なく断ち切っていくのが統一戦線方式の特徴でもあった。その統戦部は1960年代の文化大革命中は活動の停止となったが、1973年には復活した。
そんな組織の名が2018年の現在、なぜワシントンで指摘されるようになったのか。簡単にいえば、その理由は習近平主席が最近になってこの統戦部を大幅に拡大し、それまでは基本的に国内での活動専門だったのを対外工作の大任務を与えるようになったことである。
アメリカ政府の国家情報会議や国務省、中央情報局(CIA)などで30年以上、中国問題を担当してきたロバート・サター・ジョージワシントン大学教授は現在のアメリカにとっての「統一戦線」の意味について次のように語った。
▲写真 ロバート・サター・ジョージワシントン大学教授 出典:International Affairs
サター氏の解説によると、習近平氏は前述の統戦部を対外戦略にまで動員することを決め、グローバルにその組織を機能させるようになった。当面、その工作を実行する標的としてはアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マカオ、台湾などが浮上した。
だがなんといっても統一戦線の最大の標的は超大国のアメリカなのだという。当然ではあろう。アメリカ側でもいまや広範に中国のこの新たな浸透作戦、影響力行使活動の危険性が指摘されるようになったというわけだ。
(その3に続く。その1はこちら)
*この連載記事は月刊雑誌「WILL」2018年11月号に掲載された古森義久氏の「米国の怒り 中国を叩き潰せ!」という論文を一部、書き換え、書き加えた報告です。5回に分けて掲載します。
トップ画像:訪中したトランプ大統領(中央右)と習近平国家主席(中央左)2017年10月25日 出典:ドナルド・トランプ大統領Facebook
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。