中間選挙目前、トランプ死に物狂い
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018 #45」
2018年11月5-11日
【まとめ】
・韓国徴用工判決は法的安定性を欠き、受け入れがたい。
・米中間選挙直前、トランプ死に物狂いの政治パフォーマンス。ロシアゲート問題を含め与野党の攻防も激化か。
・独メルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)党首退任は予想通り。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトでお読みください。】
先週、ワシントンに出張した。過去半年で3回目の訪米だったが、行けば行くほど、あの国がよく見えなくなると感じる。明日(日本時間6日夜)は中間選挙の投票日だが、これまでは見通しを聞かれても、「判りません」と答えてきた。しかし、今日はそうもいくまい。下馬評通り、下院を民主党が、上院を共和党が制するという前提で、感じたことを書こう。
出発前、渋谷のハロウィーンが大混乱に陥ったこともあり、到着日の夜はジョージタウンのハロウィーンを見に行った。結論から言えば、トラックをひっくり返したり、酔って大騒ぎをする若者は皆無。当然だろう、ウィスコンシン通りとM St.の交差点はDCの警察が完全にコントロールしていた。あそこで騒げば間違いなく逮捕されるだろう。
流石は米国、ハロウィーンは静かだったと書こうと思ったら、ニューヨークでは仮装した何者かが市民を射殺したという。流石は米国だ、ジョージタウンを警備する警官も、ニューヨークで殺人を行う犯人も、いずれも銃を持っているんだから。要するに、平和な日本と米国を比較しても仕方がないという、実にお粗末な結論である。
写真)ニューヨークのハロウィーン
出典)NYPD News Twitter(ニューヨーク警察ツイッター)
さて、本題に入ろう。先週ワシントンでは様々なニュースが飛び込んできたのだが、いずれも「ショックだが、驚かない」ものばかりだった。ピッツバーグのシナゴーグでは11人のユダヤ系米国人が射殺された。ドイツではメルケル首相が次期党首選に出馬しないと発言した。いずれも予兆があったから、「ショックだが驚かなかった」のだ。
しかし、筆者にとっての極めつけは、やはり韓国最高裁の徴用工判決だ。流石の日本人も、ここまでやられれば黙ってはいられない。韓国法曹界には「法的安定性」という発想がないのか。韓国は確かに民主主義国家だが、「法の支配」となると、まだ発展途上国なのかもしれない。これについては今週木曜日の産経にコラムを書いた。
写真)新日鉄住金に元徴用工への損害賠償支払いを命じた韓国最高裁(10月30日)
さて、中間選挙直前の米国ではトランプ氏が「死に物狂い」の選挙キャンペーンをやる姿が異様だった。典型例は、中米からメキシコ経由で米国を目指す「移民集団」は米国に対する「侵略」だとして、メキシコ国境に数千もの米軍兵士を派遣したことだ。どう考えても、選挙向けのパーフォーマンス。軍の政治利用だが、ようやるわい!
こんなベタな戦術でも結構トランプ氏の人気は上がるのだから不思議だ。CNNが如何に厳しくトランプ氏を批判しても、当人はビクともしない。逆に、最近CNNの報道は左に寄り過ぎているのではないかと思うほど、一部ヒステリックな報道も目立つようになった。おいおい、俺もトランプのマジックに騙されるようになったのか、と反省する。
〇東アジア・大洋州
今週はロシア首相とパキスタン首相が訪中する。中国といえば、5日に「中国国際輸入博覧会」が上海で開幕し、習近平国家主席は「中国は多国間貿易体制を支持し自由貿易を推進する」などと演説したそうだ。中国が「保護主義に反対」するなんて、殆どブラックジョークだと思うのだが、時代は変わるものだ。
〇欧州・ロシア
28日の州議会選挙敗北を受け、メルケル独首相が与党・キリスト教民主同盟(CDU)党首から退任することを表明した。凋落のきっかけは多数の難民受け入れを決断したことだが、13年間は長過ぎたのかもしれない。これで、ドイツの内政は大きく揺れるだろう。ドイツ人は長期政権を作るのが得意だったが、次期政権はどうだろうか。
〇中東・アフリカ
今週、米国による対イラン制裁が再開される。イランは強く反発しており、米国を除くJCPOA(イラン核合意)署名国も合意を維持するとしている。だが、実際にはイラン原油の輸出が徐々に減っていくだろうから、イラン経済は再び試練の時期を迎えるだろう。自国通貨価値の下落でイランの一般庶民は哀れとしか言いようがない。
サウジジャーナリスト失踪事件も未だ解決していない。サウジアラビア皇太子はダンマリを決め込み、トカゲの尻尾切りで、居座るつもりだろう。米国トランプ政権の態度も及び腰だから、このままだと残念な結果に終わる可能性が高い。これで良いのかという意見もあるが、9.11だって犯人の多くはサウジ人だった。歴史は繰り返すのか。
〇 南北アメリカ
火曜日に米国の中間選挙があるが、民主党が下院で過半数を回復すれば、法律案は通らなくなり、下院のあらゆる委員会で公聴会、召喚状、宣誓証言といった政治ショーが延々と続くだろう。選挙後はモラー特別検察官のロシアゲート捜査も進むから、年末にかけてトランプ陣営と民主党の間で命懸けの死闘が続くのではないか。
死闘と言えば、1993年にクリントン政権の大統領次席法律顧問だった若い弁護士が自殺した事件を思い出す。彼は遺書の中で、ワシントンは「人々を破滅させることがスポーツである街だ(where ruining people is considered sport)」というあまりに悲しい言葉を残している。ロシアゲートを巡り、犠牲者が出ないことを祈るしかない。
〇 インド亜大陸
特記事項はない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)テネシー州集会で共和党候補者への投票を促すトランプ大統領(11月5日)
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。