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.経済  投稿日:2018/11/20

ゴーンショックから学ぶもの


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・東京地検、日産ゴーン会長を金融商品取引法違反容疑で逮捕。

日産、過去にも経営に影響力ある実力労組会長追放の歴史あり。

・現経営陣は「クーデター」劇に気を取られている余裕はない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42882でお読みください。】

 

■トップの高額報酬 

 

衝撃のゴーン会長逮捕の報から一夜明けたが、情報は19日夜の西川廣人CEOの会見が主で、まだ事件の全容は見えてこない。わかっているのは、長年にわたりゴーン容疑者が報酬を過少申告していたことだ。日産自動車だけで年間10億円以上の役員報酬をもらっていながら何故さらなる報酬を求めたのか、といぶかる向きもあろうが、グローバル企業のトップとしては10億円の年収は決して多くはない。北米のIT企業を中心に年収100億円超えは当たり前だ。ゴーン氏が世界有数の自動車メーカーである、仏ルノー・日産自動車・三菱自動車工業のトップとして得る報酬として十分ではない、と思っていたとしても不思議ではない。

写真)西川廣人日産自動車CEO

出典)日産自動車

 

しかし、だからといってゴーン氏が高い報酬欲しさに不正経理に自ら手を染めたとはちょっと考えにくい。日本で高額報酬に対する厳しい目が社会に存在することも理解していただろう。10億円レベルの報酬で納得する代わりに、フリンジ・ベネフィット(給与以外の経済的利益)で会社から報いてもらっている、という程度の感覚だったのではないか。フリンジ・ベネフィットには社宅やカンパニー・カーなどの低額もしくは無償の供与などが含まれることが多い。ゴーン氏は海外にある複数の住宅を無償で利用していた疑いがあると報道されているが、仮にそうだとして、それ自体は犯罪とは一概に言えない。あくまで有価証券報告書の虚偽記載が今回の事件の焦点だ。

 

しかし、ゴーン氏自身は、自分の受けている様々な利益供与が、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)に問われるという自覚はなかったのではないか。代表取締役グレゴリー・ケリー容疑者が関与していたとされるが、法律違反としての認識がどこまであったかが今後問われることになろう。無論、住宅以外の公私混同的私的流用があったとすればそれは弁解の余地がないだろうが。

 

そして、気になるのが日産の社員の関与である。外国人トップが日本の法律に明るいとは考えにくい。社内の経理部門は金の流れはすべてチェックしている。ゴーン氏らが受けている利益供与を全く知らなかったというのは通らないだろう。

 

今回の事件は内部通報が発端だったようだから、社内で知る人は知る事案だったことがうかがえる。ゴーン氏の権力が絶対だった時は、そうした問題は社外に漏れないが、求心力の低下と共に、社内の不満が噴出したということか。西川CEOは「クーデターではない」、と会見で述べていたが、それを額面通り受け止める向きはあるまい。

 

会見で西川CEOは、ゴーン氏を呼び捨てにし、これまでのゴーン統治を「負の遺産」と切り捨て、「実力者として君臨してきたことによる弊害」であり、「(ゴーン氏に)極端に個人に権限が集中しすぎた。」のが原因とした。さらに「ルノーのトップが日産のトップを兼任するというのはガバナンス上問題だ。」との認識を示し、自動車業界において成功例とされてきた、仏ルノー・日産自動車アライアンスの経営トップの在り方にも疑問を呈した。さらに、「(日産のこれまでの業績は)個人に帰するものというより従業員すべての努力の結果だ。今回の事件で(それを)無に帰させることはしたくない。」と述べた。

 

こうした発言を聞く限り、昨夜の会見は「謝罪会見」というよりは、ゴーン氏「追放」が用意周到に当局と練られた結果行われたものと強く内外に印象付けた。

 

西川CEOは、こうしたゴーン氏への権限の集中の弊害の発端は、「2005年にルノーと日産のCEOを(ゴーン氏が)兼務すること」になった時、と述べたが、それを容認して来たのは日産自動車取締役会ではないのか。無論西川氏だとて例外ではない。2005年氏は既に副社長になっている。全てゴーン氏の責任だとする姿に違和感を覚えたのは筆者だけではなかろう。

 

■日産「負の歴史」

 

筆者は1979年から1992年まで日産自動車に勤務していた。主に海外畑であったが、在籍時に一度「クーデター」があったのを強烈に覚えている。それは、当時日産自動車の経営に強い影響力を持っているとされた「塩路天皇」こと、元自動車総連塩路一郎氏(故人)追放劇だ。

 

1984年に突如塩路氏の愛人スキャンダルが写真週刊誌に掲載されたのだ。日産の最高級車プレジデントとスポーツカーフェアレディZを乗り回し、都内に豪邸を構えていたとされる。写真週刊誌には女性とヨットに乗り込む塩路氏の隠し撮りが載っていた。これがきっかけとなり塩路氏は会長職を追われることになる。

 

「労働貴族」という言葉があるが、当時入社5年目の筆者も、高級車2台にヨットとはいくらなんでもありえないんじゃないか、と思ったことを記憶している。これも塩路氏としては、フリンジ・ベネフィットの一つと認識していたのだろう。会社から受けて当然の利益供与だ、と。今回の事件と共通するものがあると思うのは筆者だけだろうか。

 

■トップのモラルと企業のガバナンス

 

こうしてみると、かたや労働組合のトップ、かたや経営トップの違いはあれど、組織の長として長年君臨した者の「モラル喪失」はいつの時代も不可避だということを私たちに教えてくれる。何も日産だけのことではない。企業の不正会計など枚挙にいとまがないではないか。

 

そして筆者が問題にするのは、「企業のガバナンス」である。これほど声高にその必要性が叫ばれているのに、トップの不正を防ぐことが出来ないのは何故なのか?どのような組織を作ったとしてもトップが一部の社内の人間と結託してしまえば、取締役会や監査役会がすべての不正を見抜くことはほとんど不可能だという悲しい現実がそこにある。

 

結局、企業が出来ることは、権力の腐敗につながる「長期政権」の誕生を未然に防ぐことぐらいしかない。しかし、それとて一度絶対権力者が生まれてしまえば覆すことは不可能だ。下の者は人事という生殺与奪権を握られたら黙るしかないからだ。

 

しかし、上の者に対し忖度しかしない、いわゆる「ヒラメ社員」ばかりになった企業はどうなるかというと、すべからく組織が腐敗し、社内の士気は落ち、業績は悪化して、市場から淘汰されることになるのだ。面従腹背でトップにこびへつらったものの末路は決して明るいものではない。

 

日産は一度「死に体」となり、ルノーの支援があってようやく息を吹き返した。当時自分達では再建できず、他人の手を借りて再生して今日がある。ゴーン氏が大胆なリストラをしなければ、V字回復もなかった。今世界の潮流となっているEV(電気自動車)シフトをいち早く予見し、HV(ハイブリッド)の開発を凍結しEVに経営資源を集中したのもゴーン氏だ。リーフは世界で最も早く量産されたEVである。それなのにその先行者利益を十分に享受せず、米テスラや中国系メーカーの伸長を許してきたのは、日産経営陣ではないか。

写真)日産リーフ

出典)日産自動車

 

ゴーン氏の「負の遺産」や「実力者として君臨してきたことによる弊害」を声高に言うことは、それを許してきた日産経営陣にとって「天つば」である。高額報酬を得てきたのは彼らも同じなのだ。

 

歴史は繰り返す。アライアンスと呼ばれるパートナーシップでここまで来た3社連合が今後どうなるのか。世界的なEVシフトモビリティ革命の真っただ中で、壮絶なサバイバルゲームが始まっている。ゴーン氏がいなくなった後、連合の求心力を保ち、経営戦略を加速させねば、成長のサイクルは一気に逆回転を始めるだろう。

 

写真)カルロス・ゴーン氏 2015年6月11日

出典) flickr : Ecole polytechnique

 

 

 

 


この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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