F35は日本の防空に役立つか
照井資規(ジャーナリスト)
【まとめ】
・今日の軍事技術ではハイテク戦闘機による「質的優勢」は実現できていない。
・ステルス戦闘機はレーダー以外の方法では容易に探知される。
・ハイテク戦闘機ほど実戦配備後に墜落するおそれが大きい。
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11月27日、政府は最新鋭ステルス戦闘機「F35」を米国から最大100機追加取得する検討に入ったとの報道がなされた。取得額は1機100億円を超えるので合計1兆円以上にもなる。既に装備化が決定している42機と合わせて将来的に140機体制に増える見込みである。
当初は今から50年前のベトナム戦争時代の機体である「F4」戦闘機の後継としてのF35の42機取得であったが、現在航空自衛隊が運用している200機の「F15」戦闘機のうち、100機を改修して継続運用、改修不可能な残り100機のF15の更新にも適用するため今回の最大100機の追加取得となった。F35への更新をもって戦闘機の「質的優勢」確保に役立てることが目的で、これには中国の軍備増強に対抗するとともに、米国装備品の購入拡大を迫るトランプ米大統領に配慮を示す狙いもあるようだ。
その一方でカナダ政府は14日までに、F35全65機導入の白紙撤回を正式決定した。購入・維持価格が160億ドル(約1兆3360億円)から、3倍近い450億ドルへと高騰したためである。戦闘機は国民の税金で購入するものであり、実際に国防の役にたってこそ意味がある。カナダ政府の決断はF35の費用対効果が非常に悪いことの証左である。日本のF35取得は日本の将来の戦闘機開発・製造基盤作りにつながるとの見方もあるが、F35戦闘機の核心部分の情報は公開されないのであるから、技術取得の面でもどれほど役に立つのだろうか疑問である。
ステルス戦闘機とは、レーダーにて探知されにくいというだけである。技術が進化した現在、戦闘機を探知する方法は他にもある。機体が大きければ空中に著名な熱源として容易に探知される。また、目視でも発見されやすい。そもそも、現在の軍事技術をもってしても戦闘機の「質的優勢」は実現できていないのであるから、F35戦闘機が日本の防衛に本当に役に立つかは疑問である。
現代の空中戦は敵を先に発見してミサイルによる先制攻撃を加えた方が優勢と言われるがそれは理想に過ぎず現実は異なる。2008年のRAND研究所のレポートによると、1950年代から米軍が空中戦で撃墜した588機のうち、視界外から発射されたミサイルで撃墜できたものは僅か24機、高価な中長距離ミサイルも期待したほどの成果は発揮しておらず、やはり有視界の空中戦における操縦手の腕前が頼りなのが現在でも航空戦力の要である。現代でも熟練した操縦士が敵の戦闘機を格闘戦により1機ずつ撃墜しているのである。ハイテク戦闘機が1機で同時に2機も3機も敵の戦闘機を撃墜できるのであれば「質的優位」と言えるが、操縦士の能力を2倍、3倍にも高めることは現在の技術をもってしても実現できてはいない。
F35の能力を最大限に発揮するためには、人工衛星や他の航空機が集めた情報を統合して掌握できる情報通信ネットワークや空中給油機、国産のミサイルを使用できるようにするなど、運用に関わる周辺についても整備しなければならない。機体の購入費以外にさらにこうした多額の費用がかかる上、こうした環境が整わない限り「質的優位」の達成は、遥かに先の将来の話であって、差し迫った「今の脅威」にはとても対処できない。
真実を知りたければ、お金の流れと流された情報で得をするのが誰かを追求することだと言われる。報道される事実は「fact」というように、報道機関という工場 「factory」で作られる製品、商品のようなものである。情報は流される時点でそのことにより利益が得られるようにバイアスがかけられている。世に溢れる情報の中から真実を見抜く目を持たなければならない。
■ F35戦闘機について
F35はFighter「戦闘機」の名称こそ付けられてはいるが、統合打撃戦闘機計画Joint Strike Fighterに基づいて開発された機体であるため、戦闘機、攻撃機、短距離離陸・垂直着陸機、航空母艦で運用する艦上搭載機に共通する設計がなされている。見た目は同じように見えて、航空自衛隊が採用したF35A「通常離着陸型」、航空自衛隊が導入を検討しているF35B「短距離離陸・垂直着陸型」、F35C「艦上搭載型」の3種類がある。F35の「35」とは設計番号であり、米軍戦闘機として35番目に設計されたことを表す。続くA,B,Cなどのアルファベット1文字の接尾記号はSeries記号であり同じ設計番号の中でどのシリーズに属しているかを示すもので、それぞれの機体の区分がアルファベットと数字の組み合わせにより表現されている。
F35Bはアメリカ海兵隊の強襲揚陸艦の艦上搭載機である垂直離着陸攻撃機AV-8B「HarrierⅡ」の後継で、日本では在日米軍海兵隊岩国基地(山口県岩国市)に配備される。AV-8BのAとは「Attack 攻撃機」でありVは「VTOL / STOL短距離離陸・垂直着陸型」を表す。
強襲揚陸艦には航空母艦のような離陸時に飛行機を加速させるカタパルトや、着陸時に機体を強引に減速させて甲板に落とす設備を備えていないため、垂直に離着陸できるAV-8Bが艦載機として選ばれた。航空機は低速・低空の状態が最も重大事故が発生しやすい。高速であれば揚力があり、高空であれば地表に激突するまでに機体を立て直すなどの時間的余裕があるからだ。垂直に離着陸する時はまさに低速・低空の状態であり、英国の設計であった初代「Harrier」を米国航空機メーカーが大幅に再設計してかなり改善されたとはいえ、AV-8B「HarrierⅡ」はアメリカ軍のほかの戦闘機に比べると2倍から3倍、重大事故の多い機種である。※
垂直に離着陸できる機能を備えれば機体構造は複雑になり、操縦士の訓練も余分に必要になる。日本でも2016年9月22日(木)、海兵隊第542海兵攻撃飛行隊(英語版)所属のAV-8B戦闘攻撃機が嘉手納基地(沖縄県)を離陸した直後、沖縄県国頭郡国頭村の辺戸岬の東約153キロメートルの地点で墜落している。墜落について懸念すべきは、重大事故を起こす宿命的特徴を持つ垂直離着陸型の戦闘機・攻撃機である。実際のところMV-22B「オスプレイ」は米軍のほかの戦闘機やヘリコプターと比べて重大事故は少ない。
▲写真 AV-8B「HarrierⅡ」 出典:Dvids(Public Domain)
F35Cは米海軍・海兵隊のFA-18A-D Hornetの後継機であり、航空母艦で運用する艦上搭載機に要求される低速時での揚力の増加と安定性の強化のため、主翼・垂直尾翼・水平尾翼が大型化されている。先述した航空機は低速・低空の状態が最も重大事故が発生しやすいことへの対策である。離陸時は航空母艦のカタパルトにより加速しやすいよう、着陸時は機体制動(機体に備えたフックを母艦の甲板に張られたワイヤーに引っ掛けて強引に減速させること)による甲板への落下に耐えうるように、脚などの降着装置が強化されている。
F35C に交代されつつあるFA-18 Hornetもまた事故が多い。FA-18は戦闘機と攻撃機の両方の機能を備えているため、基本任務記号F「Fighter戦闘機」とA「Attack攻撃機」とを合わせたFA戦闘攻撃機と区分されている。
FA-18は機体からの部品落下が2004年6月16日、11月29日と続き、12月7日には民家の屋根を損傷している。2007年2月27日、4月10日、2009年2月17日、2010年1月28日には民家の窓ガラスなどが損傷した。この年は3月4日にも部品落下事故を起こしている。2014年1月9日の部品落下事故では民家の柵の一部がへこみ、付近に停めていた乗用車の窓ガラスが破損した。そして、2016年12月7日には高知県土佐清水市沖約110キロメートルの海上に墜落する重大事故が発生した。2016年11月12日、12月6日と部品落下事故が発生し、今年の11月12月に連続しての墜落事故発生に至る。
2018年11月12日(月) 午前11時45分ごろ、フィリピン海を航行中の米海軍航空母艦「ロナルド・レーガン(CVN-76)」から離陸したFA-18がエンジントラブルを起こし、沖縄県南大東島の南西約140キロ、那覇市の東南東約290キロの海上に墜落した。
この事故により1972年の沖縄の日本復帰以降、沖縄県内で発生した米軍機の墜落事故は計50件に上った。それから1カ月と経たない12月6日、夜間の空中給油訓練を行うために在日米軍海兵隊岩国基地を離陸し、室戸沖へ向かっていた同基地所属のFA-18が、午前1時40分ごろKC130空中給油機と夜間の空中給油訓練中に接触し、高知県土佐清水市の足摺岬の東南方面に約100キロの海上に空中給油機と共に墜落した(高知海上保安部発表)。
米第3海兵遠征軍は9日、事故の深刻度を示す4分類のうち墜落など最も重大な事故である「クラスA」であると公表した。11日に防衛省は発生直後から第5管区海上保安本部(神戸)の巡視船などと共に続けていた行方不明者の捜索活動を打ち切った。行方不明のKC130空中給油機の搭乗員5人について有力な手掛かりがなく、米軍や関係機関と調整して判断したものである。FA-18の乗員2名は事故発生当日である6日中に救助されたが、そのうちの1人は射出式座席に固定された状態で死亡していた。通常は緊急脱出時に機体から射出される座席から搭乗員は自動的に分離されて落下傘により降下するしくみになっているが、故障によりこの機能が作動しなかったのではないかと推察されている。
現在の射出式座席は機体が地上で停止している高度0速度0の状態からでも、パラシュートが十分開く高度までパイロットを打ち上げる「ゼロ・ゼロ射出」を可能にしているため、脱出時の高度不足よりも射出式座席の故障である可能性が大きい。射出式座席の欠陥はF35でも問題視されたことがあった。KC130空中給油機には特別な改造をしていない限り射出式座席は装備されていない。輸送機、空中給油機などは脱出が困難であるほどの飛行速度では飛ばないためと、墜落時には大きな機体の衝突による地上の被害を最少にするため、機体を安全な地域へと向けてから脱出することを前提としていることによる。事故により墜落したKC130の乗員が5名とも行方不明であるのは、脱出する時間の余裕が無かったためではないか。
※「Harrier」の「クラスA事故」の発生率は10万飛行時間あたり39件、「ハリアーII」は2013(平成25)年時に同発生率が6.76件にまで改善された。出典:垂直離着陸戦闘機「ハリアーII」ぬぐえぬ誤解? 欠陥機の指摘は 2016.10.17 関 賢太郎(航空軍事評論家)https://trafficnews.jp/post/58504
▲写真 アメリカ海兵隊のF-35Bが垂直離着陸する様子 出典:アメリカ海兵隊
■ ハイテク戦闘機ほど墜落しやすい
旅客機は大勢の乗客を快適に載せるため安定して飛行するように設計されている。アジア太平洋戦争での日本列島空襲に用いられたB-29として知られる、B「Bomber爆撃機」も爆弾を降り注ぎ命中させるために安定性が重視されているため墜落のおそれは少ない。しかし、戦闘機、攻撃機は急激に上昇したり降下したり小さく旋回するなど戦闘のための機動を行うため、機体は意図的に飛行が不安定になるように設計されている。戦闘機を安全に飛行させるには操縦士の技量が高い事が最低条件となる。
F-35は2006年に初飛行。今年2018年までにF-35A、F-35B、F-35Cと合わせて300機以上が生産され、開発時も含め1件の墜落事故も発生しておらず20万飛行時間無事故という戦闘機としては異例の無事故記録を達成していたが、9月28日(金)アメリカ海兵隊のF-35B「短距離離陸・垂直着陸型」が、アメリア東海岸サウスカロライナ州ビューフォート海兵隊航空基地近辺において墜落、大破するという事故が発生した。F-35の墜落事故は今回が初である。
F-35の無事故記録は、INTの発達により他の機体の事故などで明らかになった原因を改善やソフトウェアのアップデートに反映させやすくなったことが大きいが、F-35の重大事故が発生しやすくなるのは実戦配備されてから年月の経ったこれからである。意外なことにハイテク戦闘機の方が墜落しやすい。高価であるため数を揃えることができず操縦士の訓練時間が減少する。構造が複雑であるため故障が起きやすく、修理部品も高価であるため飛行可能な機体数が減る、そうすると操縦士の訓練時間がますます減少する、とハイテク戦闘機ゆえの悪循環に陥るおそれがあるためだ。
米軍機が世界最高の性能を備えていると思い込むのは大変危険である。最近ではオーストラリア、イギリス、カナダ、インド、フランスが加わったが、日本人の多くは在日米軍、日米共同訓練で知られるようにアメリカ合衆国は最も密接な安全保障上の同盟国であり、海外の軍隊と言えばアメリカ軍で、世界最大の規模と強さを誇ると思いがちである。
しかし、1970年代から米海軍は、過剰に高性能で高価な戦闘機であるF14を装備したために、100万ドル当たり1日の出撃可能回数がF86に比して約80分の1に減った。これは性能の差で埋められるものではなかった。高価で大型の戦闘機は複雑すぎて故障も多く、訓練のために飛行する回数も減ったため制空能力はますます低下し、「一方的軍縮」「自滅的軍縮」と言われた。これは現在も変わりない。航空自衛隊は米空軍に倣いF15を装備したので、1日の出撃可能回数はF86に比して約40分の1に低下したことに相当する。もしF16戦闘機の原型、YF16であれば10分の1に抑えられたかもしれない。YF16のYとは「Prototype 試作」のことである。
▲写真 YF16 出典:アメリカ空軍
アメリカ合衆国が費やす軍事関係費は1分間に約100万米ドル(1.17 億円)に及ぶが、これだけの巨費を投じてアメリカ軍は必ずしも最良の兵器を備えているわけでもなければ、最強でもない。巨額の軍事費は米国経済を大いに圧迫しているため、アメリカ国民を守っているとも言い難いのが現状である。このようにアメリカ軍を有り難がって盲目的に信じてしまうと同じ失敗を繰り返すことになりかねない。そのことを自衛官や日本国民はよく知るべきだ。
筆者は、現職の陸上自衛官であった頃、陸上自衛隊富士学校にて研究員を務めていた時に陸上自衛隊の事業としてアメリカに研修に行き、Tactical Medicine EESENTIALS「国際標準戦闘救護指導員養成資格」を取得した。陸上自衛隊を退職してからはこの教育プログラムを日本で行う全てのライセンスを取得し、アジア支部として一般社団法人TACMEDA(Tactical Medicine Asia)を立ち上げて事態対処医療、第一線救護の普及に努めている。アメリカに本部があり、世界中からのBig Dataを集積してアメリカで進化している教育プログラムではあるが、筆者はヨルダンで開催されるSOFEX、フランスで開催されるEUROSATORY、南アフリカ共和国で開催されるAAD※の認定ジャーナリストになり、ヨーロッパに加えて日本と深く関わりのある地域の最新の動向を常に把握することに努めている。
世界の中心はやはりヨーロッパであるという意識は強い。救急医療の面では、日本では「JRC蘇生ガイドライン」として示される心肺蘇生にかかわる科学的根拠と治療勧告コンセンサス、CoSTR「コースター」はベルギーに本部がある国際蘇生連絡協議会ILCOR「イルコア」が作成して発表している。度量衡の国際単位メートル法の発祥はフランス、元素や化合物の命名の標準「IUPAC命名法」で知られるIUPACの本部はスイスにある。原油の輸入元である中東は日本の生命線であるから、中東地域の安定は日本国に及ぼす影響が大きい。
アフリカ大陸には、先端産業に不可欠な素材であるレアメタルが大量に埋蔵されており、日本はその多くをアフリカに依存している。また、アフリカ大陸の石油の埋蔵量は世界全体の10.0%に及ぶため、日本にとってアフリカ大陸は資源の宝庫であるとともに潜在的市場として重要である。これらの詳細はTACMEDAのブログを参照されたい。
1960年から70年にかけて、米国製兵器の最大の誤りと言われたのはM16小銃とF15戦闘機であった。当時の米国土防空に必要だったのはF4でもF15でもF14でもなく、小型軽量で武装は空中戦に絞ったもの、安価で数を揃えられる機体であった。そのあるべき姿として具現させたものがF16戦闘機の原型YF16である。
現代戦の兵器の中で、最も利益になるのはハイテク電子装置である。採用時の価格を高く設定できることに加え、メンテナンスにより導入後も長い年月、兵器メーカーを潤してくれるためである。F35戦闘機はF22よりも電子装備が充実していることがセールスポイントと言われるが、果たしてそれは国防のためのセールスポイントであろうか。現在の空中戦は各操縦士の名人芸ではなく、組織的に行うものである。過剰な電子装備を戦闘機の小さな機体に詰め込む必要は無い。
1960年代当時、アメリカで開発中であった防空戦闘機には、敵を遠方から発見するための大型レーダーが機首に搭載されるようになり、超音速の飛行速度も求めたためエンジンは2基必要になり必然的に機体は大型化し、価格は極めて高価に、複雑な電子装置の取り扱いを習得させるため、操縦士の養成期間も長くなった。こうして誕生したものがF4、F15、F14戦闘機である。必要以上に高性能を追求し、市場が求めるものより遥かに高機能な製品を作ってしまうことにより高価となり、結果、誰にも売れなくなることをビジネス用語で「黄金の差別化」と言う。
アメリカが開発中の戦闘機が大きな最高速度と複雑な電子装置を重視した黄金の差別化を追求したシリーズになってしまい、あまりに高価なため、戦闘機の数を揃えられない。複雑なため故障が多くて稼働率が低い、数が少なく故障が多いため操縦士の訓練が出来なくなることに危機感を感じたアメリカ空軍の軍人とメーカーが本来あるべき戦闘機として別個に開発したものがYF16戦闘機であった。
YF16は大型のレーダーは搭載せず電子装置は必要最小限、武装は機関砲と熱線追尾式のシンプルな撃ち離しミサイルのみ。最高速度はマッハ1.2とF15の半分以下、価格も重量もF15の約半分という軽量で小型な、従前の戦闘機より運用コストのかからない最初の米軍の戦闘機として具現化した。
戦闘機は数を揃えることが重要である。空域のどこにでも存在し、いつでも撃ち落とすことができることが抑止力として機能するためである。Kill Ratio「撃墜対被撃墜比率」において有利、つまり空中戦を行った際に敵味方に発生する損害比率にて、敵の戦闘機を撃墜する間に発生する味方の損失発生の割合が低いほど戦闘機は高性能であると言われるが、そこには時間の概念が欠けている。
空中を高速で機動する戦闘機をまとめて撃墜することは核爆弾を用いない限り不可能である。1機ずつ撃墜している現在の空中戦では、敵の数の方が多いほど時間がかかる。空中戦の最中にわずか1機や2機、領空に侵入を許してしまえば防空は失敗となる。
防空には大量の戦闘機と多数の経験を積んだ操縦手を備え、高い出撃率を維持できることが求められるが、安価でシンプルな機体であればこれらを実現できる。操縦士は訓練を重ね経験を積むことができ、故障が少ないため出撃率も高くなるためである。
NATO演習ではベルギーのF16が米軍のF15に圧勝した。F15の高性能レーダーがF16を探知したと同時にF16も被レーダー探知警報機でF15を確認、F16は小型なので視認しにくく、軽量であるため素早く加速でき旋回できるので小さく回りこむことが出来たことと、ベルギーのF16操縦手の方が訓練時間が多かったためである。敵を発見するのは早期警戒機と空中管制の仕事であり、戦闘機に高性能レーダーは必要ないこと、瞬間的な高速性能よりも、長く速く飛べることが重要であり、数を揃えることができれば双発エンジンも不要であることを実証したF16戦闘機は1970年代からの30年間に製造された米国、旧ソ連のどの戦闘機よりも優秀であった。
しかし、YF16がF16として米軍に装備される際、F16は地上目標の攻撃と核爆弾投下に用いられる「多目的航空機」に改造され、機体が大型化し20%重くなることで加速性を失い、当初の目的であった戦闘機としての性能は台無しになった。複雑な電子装置も搭載し価格も75%高騰、F16は戦闘機部隊ではなく空対地任務の部隊に配置されたため、地上攻撃用兵器を搭載した状態での待機態勢に置かれてしまい、飛行訓練が十分に行えなくなった。
戦闘機であれば空中戦の訓練は実弾を積んで行うので、訓練から直ちに要撃任務に移行できるが、攻撃機として運用されてしまった場合、爆弾を満載した待機態勢の機体で訓練すると危険極まりないので、待機以外の機体を使いまわして操縦手の訓練を行うことになり、訓練時間は少なくならざるをえない。F16戦闘機は米軍に導入される際に、その本来の性能は失われ目的を達成することはできなかった。
日本の航空自衛隊はF16の本来持っていた戦闘機としての性能が台無しになった機体を基に支援戦闘機(攻撃機)として改造を加えF-2として採用してしまった。2重に性能が台無しになる改造をした上で、価格が大幅に高騰した機体を購入したことになる。戦闘機はF4の次にF15を採用した。旧ソ連のベレンコ中尉が搭乗機MiG-25Pを函館空港に強行着陸させた、ミグ25事件があったにもかかわらずである。この事件により西側が恐れていたMiG-25はさほど高性能ではなく、F15ほどの高性能は必要ないことが露呈していた。
現在、日本の航空自衛隊は中国の戦闘機による領空侵犯に悩まされ、戦闘機の数の不足が問題となっている。もしも、YF16戦闘機を採用していれば、同じ予算で倍の数を揃えることができたであろう。YF16戦闘機は1970年代から前世紀末まで世界で最も実際に役に立つ戦闘機であった。それを参考に開発されたものがスウェーデンのサーブ 39 グリペンである。軽戦闘機のサイズでありながら、制空戦闘・対地攻撃・偵察などを過不足なくこなすマルチロール機(多目的戦闘機)として進化した。維持費や訓練費用も含めて高いコストパフォーマンスを実現しているため、限られた予算で空軍を整備しなければならない国々で重宝されている。
2005年に改定された防衛大綱以降は、敵の航空機を撃墜する「要撃機」と地上戦闘を上空から支援する「支援戦闘機(自衛隊のみの呼称、海外の攻撃機に相当)」の区分が無くなったように、世界はマルチロール機の時代に入った。一つの機体を複数の用途に運用できれば操縦士の養成も整備も容易になる。軍事において技術の進化はコストパフォーマンスを常に意識して考えられるべきものである。
※SOFEX(The Special Operations Forces Exhibition and Conference):ヨルダンで開催される警察と軍の特殊部隊に焦点を当てた防衛・危機管理展示会。
EUROSATORY:フランスで開催される世界最大規模の防衛・危機管理展示会。
AAD (Africa Aerospace and Defense):南アフリカで2年おきに開催されるアフリカ航空宇宙防衛展。
▲写真 南アフリカ国防軍が装備する、スウェーデン サーブ社 JAS39 グリペン
軽戦闘機のサイズでありながら、制空戦闘・対地攻撃・偵察などを過不足なくこなすマルチロール機(多目的戦闘機) 出典:照井資規AAD2018
2016年6月、領空侵犯対処のため離陸した航空自衛隊のF15戦闘機が領空侵犯をしてきた中国軍戦闘機に撃墜されそうになったことが問題になった。その数か月後のタイ空軍と中国空軍との空中戦演習では、タイ空軍のグリペンを装備した戦闘機隊は中国空軍に圧勝している。このニュースの後、AAD2016にて筆者は南アフリカ空軍が装備するグリペンを実際に取材した。わずか400mほどの滑走で離陸してしまう高性能に驚いたものである。また、ザンビアなどのアフリカ諸国が中国軍の練習機を戦闘機として採用している事実も目にした。冒頭で述べた戦闘機の「質的優勢」は現在の軍事技術をもってしても実現できてはいない。故障を完全に防ぐことはできないし電子装備で人の能力を2倍3倍に高めることは不可能であるためだ。
▲写真 ザンビア空軍が装備する多目的戦闘機 中国空軍の練習機改修して採用 出典:照井資規AAD2018
航空自衛隊が42機購入する予定のF35戦闘機は1機146億円、グリペンは1機60億円である。ライフサイクルコストも考慮すれば同じ予算で3倍の数を揃えることができる。
F22もF35戦闘機も前評判ほど高性能では無いことが露呈している。アラスカの国際合同演習Red Flagの模擬空中戦ではF-22がEF2000ユーロファイタータイフーンに完敗した。大型の機体はステルス性が良くても熱映像で探知されやすく、EF2000の赤外線センサーは50Km先からF-22の機影を捉え、旋回能力を活かして戦ったためである。F-22は決して最強ではなく小型の練習機にすら負けることがある。
F35機体構造が複雑で機体の重量と大きさ(空気抵抗に影響)に対しエンジン推力とのバランスが悪く、その鈍重ぶりは「曲がれず、上昇できず、動けない」と酷評され、2015年にはF16戦闘機との模擬空中戦で負けている。
F35の調達方法は、アメリカ国防総省による対外軍事援助プログラム、FMS:Foreign Military Sales「有償対外軍事援助」である。これは、米国の武器輸出管理法に基づき、
1 契約価格、納期は見積もりであり、米政府はこれらに拘束されないため、支払い時は価格が高騰することもある。
2 代金は前払いであり、返品は不可、納期が年単位で遅れることもある。
3 米政府は自国の国益により一方的に契約解除できる。
という不公平な条件を提示し、受け入れる国にのみアメリカ製の兵器や教育訓練等の役務(サービスのこと)を有償で提供するというものだ。
FMSは合衆国政府が窓口となって取引が大口化することにより価格が割安と言われるが、果たしてそれほどの利点はあるのだろうか。アメリカ軍は必ずしも最良の兵器を備えているわけでもなければ、最強でもない。巨額の軍事費は米国経済を大いに圧迫しているため、アメリカ国民を守っているとも言い難いのが現状である。アメリカを盲目的に信じることなく、世界中に目を向けて実効性のある防衛力整備を追求する姿勢を持たなければならない。
トップ写真:アメリカ空軍のF-35A 出典:U.S. Air Force photo by Master Sgt. Donald R. Allen(Public Domain)
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この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト
愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。
同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など
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