トランプ流ディールで「米朝決着」あるか~2019年を占う~【朝鮮半島】
久保田るり子(産経新聞編集局編集委員)
【まとめ】
・第2回米朝首脳会談、懸念されるディールとは。
・北朝鮮が日本に急接近シナリオ?北の思惑は通用するか。
・文在寅大統領の韓国は反日一色。日韓の信頼関係は崩壊の一途。
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朝鮮半島問題の決勝戦は米中対決といわれて久しいが、新冷戦の様相を呈してきた米中貿易戦争と同時並行で米朝問題も深化してきた。ここに南北融和を信奉する従北の文在寅政権が「反日」の旗を振りながら参戦し、北東アジアは複雑なパワーゲームの時代に入っている。さて2019年の朝鮮半島では何が起きるのだろうか。米朝、日朝、南北、日韓の行方を予測する。
■ 3つのシナリオ
第1のシナリオ 米朝関係が「取引」に進む可能性
シンガポールでの第1回米朝首脳会談から半年間でみえてきたものは、北朝鮮の切迫した内部事情とトランプ政権の原則主義であった。北朝鮮は住民に「自立更生」を命じるほど現在、経済苦境に立たされている。米主導の対北制裁維持で金正恩政権は追い詰められており、2019年は選択に迫られるだろう。つまり、非核化で譲歩せず国連制裁を受け続けるのか、あるいは米朝関係改善に動き出すのかの二者択一である。
北朝鮮からの情報を総合すると、北朝鮮は相応の対価が得られるなら、核凍結、長距離ミサイル封印の核戦略モラトリアムで譲歩する用意があるという。しかし核申告リスト提出やあらゆる施設の査察を含む核放棄に応じる意思は全くないようだ。
一方、トランプ政権は「非核化は急がない」と繰り返している。米朝関係は現在、確かに時間軸で米側が優位に立っているが、ではこの膠着状態を2019年末まで続けるのかといえば、トランプ政権にとって長い放置は政治的に負担となるだろう。
トランプ氏が言うように「ミサイル発射は止まった。核実験はない」というこの「核戦略モラトリアム」が、今後、米朝間の正式合意として共同声明などの形で明文化される可能性がある。対価は人道支援と南北融和による制裁の一部解除だろう。米側の最大の脅威は「米本土に届くICBM」である。トランプ政権にとってこのディールは悪くない。「ミサイル発射も核実験も止まった」というフレーズをポンペオ国務長官も最近、使い始めている。マティス国防長官が政権から去ったことで軍事的長期戦略について大統領に異を唱える人物が減ったことは事実で、短期的な成果が優先される可能性もある。
しかし、トランプ政権が北朝鮮と安易な取引をした瞬間、「北朝鮮の非核化」はただの看板となり下がってしまう。かつての1994年の米朝枠組み合意と同様に、事実上の核保有国の北朝鮮が残り、彼らは合意を隠れ蓑に秘密裡に核ミサイル開発を続けるだろう。2019年、米国が北朝鮮から「申告と査察」を承諾させるかどうか、ここはトランプ大統領の最終判断にかかっている。
▲写真 北朝鮮・金正恩委員長(2018年3月18日 平壌)出典:Blue House (Republic of Korea)
第2のシナリオ 北朝鮮が日本に急接近
米国が譲らず、北朝鮮に対する国際包囲網と対北制裁が継続した場合、北朝鮮が日本に急接近するシナリオが浮上する。
日米を離反させるため、北朝鮮が対日戦略を変更する―というのは北朝鮮の伝統的な手法だ。金正恩氏は拉致問題に直接関与していないため、いずれ対日交渉に臨むことは予測されてきた。韓国・文在寅大統領によれば、金正恩氏は「日本の安倍首相と協議する」との意思を示していた。内部からの情報でも「金正恩氏は『今後、日本と対話し、賠償金を取る』との意向だ」という情報がある。ただ、これまでは米朝→日朝との説が有力だった。北朝鮮は、米朝が進展すれば日本は米国に追随するとの見方をしており、米朝で米国から「安全の保証」を取り付け、日朝では日本から「1兆円~2兆円の資金」を引き出す計画だったとみられてきた。
北朝鮮内部情報によると、2018年年初から北朝鮮が対話路線に転換した最大の理由は2017年に中露が米国に同調、対北制裁が一段と進んだ結果、「このままでは2018年に大量飢餓が発生する」との恐れが出たためだという。
中朝、南北、米朝と首脳外交を進めた北朝鮮は中国から独自制裁の緩和を手に入れ、韓国から大規模支援の約束(板門店宣言)を取り付けた。こうした緊張緩和で北朝鮮は2018年秋ごろには制裁の一部は解除に持ち込めるとみていたようだが、米国による制裁維持で彼らの目算は大きく外れた。米朝が緊張状態に陥った場合、残るプレーヤーは日本である。
北朝鮮が日本に接近し拉致カードを持ち出せば、確かに北朝鮮問題をめぐる多国間の構図や雰囲気は変化するだろう。しかし日本の立場は「拉致、核、ミサイル」解決が日朝交渉開始の条件であることを日朝平壌宣言で明言しているため、そう簡単に彼らの思惑は通用しない。複雑なパズルが動き出す。
▲写真 日韓首脳会談(2018年9月25日 米・ニューヨーク)出典:韓国大統領府facebook
第3のシナリオ 日韓関係は信頼崩壊へ 南北融和はさらに突出
韓国政府は2019年を「建国100周年」として大々的に祝賀する。1919年は日韓併合時代の最大の反日運動「3.1独立運動」が起きた年で、この暴動を主導した民族主義者たちが中国上海に逃れ「大韓民国臨時政府」を立ち上げた。文在寅大統領は臨時政府こそが大韓民国のルーツであるとの「1919年建国論」の信奉者だ。
韓国政府は4月、「建国100周年記念式典」世界50か国の在外公館で開く。式典は反日民族主義で染まるだろう。1919年建国説は、戦争終結と朝鮮半島の南北分割占領を経た大韓民国建国(1948年8月15日)を否定している。つまり、文政権は建国のルーツを抗日運動の「亡命政権」とする「革命政権」なのである。
文大統領は2018年の「3.1節」をソウル市内の西大門刑務所で行った。この刑務所は日本統治時代の拷問室や刑場があり反日教育の現場として有名だ。文氏はここで「3.1運動の精神と独立運動家の生涯を大韓民国の歴史の主流に据えるだろう」と明確に述べている。従って慰安婦問題もいわゆる「徴用」に関する朝鮮人労働者訴訟も、現在の文在寅政権の歴史観からすれば「植民地支配という不法行為を前提とした慰謝料請求」なのである。韓国政府は「司法の判断を尊重する」との立場を表明した。これは美辞麗句にすぎない。実は日韓請求権協定は文在寅政権の韓国政府の視野には入っていないのだ。
韓国で日本企業への徴用に関する賠償訴訟判決は下級審で現在、2審9件原告約110人、1審3件原告約810人だが、新たな提訴の動きなどもあり、2019年はさらに増えることが予想される。韓国政府はこの問題の所管を李洛淵首相に一任、今後は官民共同委員会で対応を協議するとしているが、これは政府の判断を放棄したに等しい。今後の日韓関係に改善の要素はなく、信頼関係は崩壊への一途といえそうだ。
一方で、文在寅政権の南北融和への情熱は冷めることなく熱い。軍事部門の融和は目を見張る進展ぶりで韓国は武装解除に入ったといえる。韓国国防部の報告書から「北朝鮮の脅威」という文言が消え、南北最高指揮部も直通のホットラインの準備に入った。南北は平和時代に入ったとの認識で、米韓軍の戦時作戦統制権の韓国移管も韓国側は2019年から実質検証に入る。
経済分野では文政権は国内企業に対北訪問を積極的に働きかけており、大型訪朝団を次々に組織している。こうした働きかけは金正恩委員長の早期ソウル訪問の実現を念頭に置いたものだが、文政権の対北政策はいずれも国連制裁違反ぎりぎりのものが多く、米国の了解や国連の審査でその都度、もめているのが現状だ。金正恩氏が2018年内ソウル訪問を実施しなかったのは対価がないためだった。文在寅政権が金委員長のソウル訪問を実現するには米韓関係を犠牲にするほどの巨額の対価を支払わなければならない。
トップ写真:米朝首脳会談(2018年6月12日 シンガポール)出典:Shealah Craighead(Public domain)
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この記事を書いた人
久保田るり子産経新聞編集局編集委員 國學院大學客員教授
東京都出身、成蹊大学経済学部卒、産経新聞入社後、1987年韓国・延世大学留学。1995年防衛省防衛研究所一般課程修了。外信部次長、ソウル支局特派員、外信部編集委員、政治部編集委員を経て現職。2017年から國學院客員教授。著書に「金日成の秘密教示」(扶桑社)「金正日を告発する―黄長燁の語る朝鮮半島の実相」(産経新聞社)など。