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.政治  投稿日:2019/1/12

半世紀ぶり「反乱の年」となるか(下)~2019年を占う~【内政】


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・自民党は経済を優先させる勢力が権力を握り続けた。

・安倍政権は就職率改善したが賃金上昇率頭打ち。トランプ政権は景気回復したが失業率下げ止まり。

・貧困を自己責任で片付けてしまう格差社会では、社会の分断が進行。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43668でお読みください。】

 

2019年の、予測される政治状況が、半世紀前のそれと似ているのか、それとも似て非なるものなのか。これは微妙なところだとしか言いようがなく、再び反体制運動が盛り上がるかどうかは、むしろ経済的動向によりけりだろうと、前半で述べた。

目下の日本は「安倍一強」と呼ばれる長期政権下で、それゆえの問題も見受けられる(官邸のおぼえめでたければ、暴言や金銭問題の疑惑があってもクビを切られない) わけだが、半世紀前も佐藤栄作内閣が長期政権を誇っていた。

佐藤首相は、よく知られる通り岸信介の実弟で、兄と同じくエリート官僚あがりの政治家であったが、強硬な改憲論者ではなく、むしろ、軍備にカネなどかけずに経済成長を目指すべきであるとしていた。これは、吉田茂以来、日本の保守本流に受け継がれてきた発想で、その人脈を「吉田学校」とは、言い得て妙であったと思う。

▲写真 佐藤栄作氏 出典:Nijs, Jac. de/Anefo

とどのつまり自民党は、結党以来「自主憲法制定」を旗印にしてきたと言いつつ、経済を優先させる勢力が権力を握り続けていたのである。これもよく知られる通り、佐藤の後継者は田中角栄だが、彼の政治姿勢を端的に言えば、「理念を語るよりも、橋の一本でもかけてやった方が有権者は喜ぶ」というものだった。現在の安倍政権は、ことによると、このあたりの事を見誤ってはいないだろうか。

多くの人が指摘していることだが、目下のところ若年層の間で安倍政権の支持率が比較的安定して高めなのは、就職状況が改善されてきたからであって、必ずしも「若者の右傾化」という話ではない。

たしかに安倍政権になってから、就職率は改善されてきたが、賃金上昇率は完全な頭打ちで、就職氷河期と呼ばれた時代に正社員になれなかったり、なんらかの事情でいったん離職した人たちが、安定した生活を取り戻すことは依然として困難を極めている。

そこへ、前半でも指摘した消費税率引き上げが、いよいよ実行に移される。これはどう考えても、一時的な景気の減速があったとしても、その後には2020年東京五輪が控えているわけだから、莫大な公共投資の効果が現れ、しっかりと景気を底支えしてくれる、という読みだろう。

たしかに、その通りになる公算は高い。けれども、一体どれだけの人がその恩恵に浴せるのか、という問題を立ててみたならば、まったく異なる景色が見えてくるのではあるまいか。

このことは、米国のトランプ政権にも共通している。「アメリカ・ファースト」を掲げた彼の政策によって、米国の景気は回復してきた、と報じられてきたわけだが、その裏で、実は失業率の方が「下げ止まって」しまったのだ。

その結果、トランプ政権になってからの2年あまりで、それ以前は漸減傾向にあったホームレス人口は増加に転じ、2018年のクリスマスは、全米で55万人以上が帰る自宅のないまま過ごしたという。

▲写真 ホームレスの男性 イメージ画像 出典:Pixabay

データの上でいくら景気が回復しても、低所得層の賃金が増えず、かつ不動産価格の高騰(これもしばしば、景気回復の指標とされる)のせいで、最低賃金では大都市でアパートを借りるのが不可能になったから、こういう数字が出てくるわけだ。

私の記憶が確かならば、ドナルド・トランプという人は、今まで忘れ去られていた、低所得の白人労働者を救う、という政策を掲げて票を集め、大統領選を制したのではなかったか。

もっとも米国の場合、ホームレス=路上生活者というわけではない。公共のシェルターで生活する人も多いし、州によってはトレーラーハウスの住人までが、法的に住宅の要件を満たしていないので、ホームレスにカウントされてしまう場合があるそうだ。

それに、米国の福祉はお粗末だという印象が強いが、実際のところは低所得者には、フードスタンプという事実上の配給制度があって、それなりのセーフティーネットはちゃんと機能している。

むしろ日本の方が、貧困もなにも「自己責任」で片付けてしまう傾向が強いのではあるまいかと、私には思えるのだが、どうだろうか。問題は、こうした「自己責任」という見方が、当の若年貧困層にまで浸透していることで、数年前にいわゆる派遣切りが問題となった際にも、職も住居も失った若者の多くが、こうなったのは自分が悪い、と答えていた。

そうではなくて、巨万の富を手にする「勝ち組」がいる一方で、いくら働いても結婚すらできない身の上の若者が多いのは、世の中が間違っているのだ、と考え始める人たちが、そろそろ出てくるのではないだろうか。

象徴的な出来事が、日産のカルロス・ゴーン氏の事件である。

危機的な状況にあった同社をV字回復させた、と喧伝されていたが、その実態は血も涙もないリストラの強行で、下請けも含めたなら何万人という人が仕事を失った。その「功績」により、10億円単位の年俸を得ていたのだが、一部は不正な所得であったとして、留置場で年越しの沙汰となったわけだ。

▲写真 カルロス・ゴーン氏 出典:flickr Norsk Elbilforening

事件の全貌や、果たして逮捕要件を満たしていたのかという問題は、裁判の焦点となり、メディアでも様々な論争が提起されるであろうが、ひとつだけはっきりしていることは、現在の格差社会は、貧富の差という表現では収まりきらないところまで、社会の分断が進行しているということだろう。

さらに言えば、格差の問題は若者だけの事ではない。何歳までを「若者」と見なすかにもよるが、中高年フリーターという言葉もあるように、決して若いとは言えない層も、格差社会のひずみによる被害者となっている。

彼らが、「憲法を云々する前に、ちゃんと生きて行ける世の中にしてくれ」と声を上げた時、苦労知らずの二世・三世が城っている今の政府与党が、きちんとした答えを提示できるだろうか。予断を許さない状況だと、私は思う。

の続き。全2回)

トップ画像:1月4日、伊勢神宮で年頭記者会見を行う安倍首相 出典:首相官邸


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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