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.政治  投稿日:2019/1/20

仏陸軍スコーピオン計画と陸自装甲車調達(下)


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

・陸自装甲車輌は近代化されておらず、稼働率は低く維持費用は高い。

・装甲車輌調達の総合的な計画を立て、近代化を進めるべき。

・陸自のネットワーク化も一気に進めるべきである。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43793でお読み下さい。】

 

前回フランス陸軍の進める、装甲車輌群の調達計画、スコーピオンの概略を説明したが、これは陸軍の中核となる装甲車輌群のポートフォリオを一気に更新するシステムであり、同時に多様な現用車輌の統合も行われる。つまり陸軍の装甲車輌を俯瞰的に見て体系的に更新するものである。のみならず、現在5種類のネットワークシステムを1種類で更新し、集中的にネットワーク化も進めることによって、全軍のネットワーク化を迅速に実現するものである。

オーストリア陸軍はランド400という同様の計画が存在するが、ネットワーク化が進み、陸軍装備をシステムとして考える必要が増大した現在このような大きな構想を元に装甲車輌の役割を有機的に検討し、計画的に調達する必要がある。

▲写真 ジャガー 提供:筆者

対して陸上自衛隊はどうだろうか。陸自には70~90年代に採用された装甲車輌が多数あるが、これらを近代化する計画も更新する計画も殆ど存在しない。例えば73式装甲車、82式指揮通信車、87式偵察警戒車、87式自走高射機関砲、89式装甲戦闘車、90式戦車、96式自走120ミリ迫撃砲、96式装甲車(一応新型8輪装甲車で更新される予定だが、その間の近代化される予定もない)、99式自走榴弾砲、MLRS、軽装甲機動車などである。

▲写真 MLRS(多連装ロケットシステム 自走発射機M270)出典:flickr(JGSDF:陸上自衛隊)

これらは殆ど近代化らしい近代化もリファブリッシュも行われていない。旧式車輌でもエンジンをオーバーホールないし換装し、電気系統を取り外して一新するなどのリファブリッシュを行えば稼働率は格段に向上するが、これをやっていない。まして近代化もされていない。エンジン、武装などの換装、増加装甲の装着、状況把握システム、リモート・ウェポン・ステーション等の搭載、バトル・マネジメント・システムとネットワーク化などを行えば戦力として維持することも可能だ。

だが陸自の装甲車輌は、旧式化に任せるままであり、能力的に時代遅れで稼働率も低い。また古い部品を調達しなければならないので、維持費用も高くつく

近年調達された10式戦車にしても、16式機動戦闘車にしても個別に開発され、陸自全体のポートフォリオの中でどのような役割を果たすか検証されていない。また両車輌はネットワーク化されているが、中隊レベルに過ぎず、他の装甲車輌や普通科など他の兵科とのネットワーク化がなされる予定もない。また4輪の軽装甲機動車は容積がなく、小隊長車以外は無線機すら搭載されていない。このため近代化やネットワーク化の余裕はない

繰り返すが陸自には装甲車輌調達の総合的な計画がない。新型車輌の開発は個別最適化となるので、他の車種との調整や、既存車種の後継を統合することがしにくい。その上、仏陸軍のような諸兵科を連合した大隊戦闘団や旅団レベルでのネットワーク化もできないし、計画もない。

また陸自全体で例えば5年、10年という単位で装甲車輌にどの程度の予算を投じて、それをどのように割り振るのかという予算の優先順位や割り振りも決められない。また調達が一定期間に終了しないと、その後の近代化もできない。

しかもネットワークの中核になるであろうNEC製の広帯域多目的無線機は通じないと現場での評判が悪い。これを放置したままでは仮に、陸自のネットワーク化が完了しても意味が無い。その原因の一つは自衛隊の使う周波数帯が軍用無線に適していないことが上げられる。これは東日本大震災の時にも問題となったが、防衛省、自衛隊は総務省に掛け合って変更することもなく、広帯域多目的無線機を実用化し、調達を開始してしまった。これで果たしてネットワークセントリックなこれからの戦場で戦えるのだろうか。

更に深刻なのは個々の装甲車輌含む装備の調達計画が事実上存在しないことだ。10式戦車にしても、16式機動戦闘車にしも、それぞれ何輌を、いつまでに調達して何個中隊分の戦力を整備し、総額がいくら掛かるのかという計画が存在しない。

一応陸幕は内部の見積もりはしているが、これが公にされることない。当然、政治家も国会も知らない。10式戦車がいつまでに、何のために何輌必要なのか国会議員は誰も知らない。それなのに予算がつけられて、漫然と調達が開始される。これでは調達計画が存在しているとは言えない。他国ではあり得ないことだ。事実筆者が外国の軍関係者にこの話をすると皆一様に驚く。まさに「自衛隊の常識は世界の軍隊の非常識」なのだ。

文民統制の根幹は軍の人事と予算を政治が監督、管理することだ。国会が、自衛隊が何の目的のために、その装備が必要か、またその目的を実現するためいつまでにどのくらいの数が、いつまでに必要か、その総額はいくらかも知らないで予算をつけるのは文民統制を自ら放棄しているのに等しい。

調達される装備がいつまでに必要なのか決まっていないということは、その装備の必要性自体が怪しいということだ。調達の完了がいつでもいいと言うのは、計画自体が存在せず、対処すべき脅威が存在しないということになる。換言すると国防のためにその装備を調達するのではなく、装備調達自体が目的化していると言っても過言ではない。またそれは自衛隊の当事者意識と当事者能力の欠如でもある。

装備調達に締め切りがないため、ダラダラと装備調達は長引き、調達が完了しない。例えば87式偵察警戒車の調達は1987年から開始され、終了したのは2013年で、26年も掛かっている。他国ではこのような長期の調達はあり得ない。これがまだ当初から26年掛かるという計画ならまだしも、調達開始前には誰も2013年まで掛かるとは知らなかった。最後に調達された87式は完全に旧式化している。しかもこれを諸外国の同様の装甲車の何倍も高い単価で調達してきたのだ。予算がいくらあっても足りる訳がない。だから給食や兵站、需品などの充実が軽視されることになる。

例えば当初から16式機動戦闘車開発に際してはファミリーを前提として87式偵察警戒車、82式指揮通信車、96式装甲車などの後継を一車種のバリエーションにすべきだった。そうすれば量産効果も出て、メーカーの仕事量も確保できてラインを維持しつつ、調達単価を下げ、整備、教育、兵站コストを劇的に下げることができただろう。これは防衛産業の生産基盤を維持する上でも大きなメリットとなったはずだ。逆にそれをしないから、調達が不効率になり、値段があがり、調達数が減って、メーカーの売り上げも苦しくなるという悪循環に陥っている

▲写真 96式装輪装甲車 出典:flickr(JGSDF:陸上自衛隊)

昨年はコマツが受注した新型8輪装甲車がキャンセルされたが、陸幕や装備庁の開発や調達に関する当事者意識と能力が欠けていると言わざるをえない。これは陸幕が開発予算も払わずに、コマツと三菱重工に開発を先行させて、勝った方にだけ開発費を払うという、メーカーにリスクを押しつける方式となっていたこと。しかも払われた金額は開発と試作車輌5輌併せて18億円に過ぎない。これではまともな開発は不可能である。開発費が出ない理由のひとつは調達単価が高く、それに予算を取られるからだ。逆にキチンと計画をたてて、開発費や、調達単価、調達期間の計画を割り振るならば、相応の開発費は捻出できるはずである。

陸自の装甲車調達は、大計画を定めて、それに沿って各種装甲車の開発や生産(あるいは輸入)を決定し、調達期間のタイムテーブルも決めておくべきだ。併せて陸自のネットワーク化も一気に進めるべきだ。また個別最適化を図るのではなく、できるだけ複数の車種を集約して整備、教育、兵站の負担の削減を行うべきである。そうしないと国内の装甲車輌生産基盤自体が失われることになるだろう。

の続き。全2回)

トップ写真:89式装甲戦闘車 出典:flickr JGSDF:陸上自衛隊)


この記事を書いた人
清谷信一軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家

日本ペンクラブ会員

日本コスト評価学会会員

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 1962年生。東海大学工学部卒。

軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。

08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。

軍事を主たるフィールドとし、海外取材活動(欧州、中東、南アフリカなど)を活かした国際的な見地に立った著作活動を行う。内外の具体例に基づいた防衛省・自衛隊批評や提言は元防衛庁長官、石破茂氏にも影響を与え、石破氏が長官時代の防衛庁改革ではその指摘の是正が少なからず実現した(三自衛隊の統合運用や特殊部隊、狙撃部隊の創設、陸自の旅団導入、空自の基地警備、海自の地方隊の縮小など)。

自ら起業して、貿易や小売業を手がけており、起業家の視点からの執筆も多い。またサブカルチャーにも造詣が深い。90年代初頭からアニメやマンガなど日本のサブカルチャーの世界進出をいち早く予見、これを国益の観点から論じた。著書「ル・オタク フランスおたく物語」はこの分野の基礎文献となっている。

専門誌はもちろん、右は「正論」から左は「週刊金曜日」まで幅広い媒体にイデオロギーにとらわれず寄稿。また、日経ビジネスオンラインや朝日新聞のWEBRONZA+などのネット媒体にも寄稿。

〔著作〕

  • 国防の死角(PHP)
  • 専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
  • 防衛破綻 「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
  • ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
  • 自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
  • 弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
  • こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
  • 不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
  • Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。

〔共著〕

  • 軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
  • すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
  • アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
  • ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
  • 世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
  • 間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
  • 真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
  • 熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。

〔監訳〕

  • ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
  • SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
  • 太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)

〔ゲーム・シナリオ〕

  • 現代大戦略2001~海外派兵への道~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2002 ~有事法発動の時~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略2003 テロ国家を制圧せよ(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2004 ~日中国境紛争勃発!~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2005 ~護国の盾・イージス艦隊~(システムソフト・アルファー)

 

清谷信一

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