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.国際  投稿日:2019/1/22

英米政治システムの機能不全


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #04」

2019年1月21-27日

【まとめ】

・今の英国内政は、多数派を作ることさえ至難の業。

・国際政治の不安定は、今後の成り行き予測の低下につながる。

・合理性を失った判断から生じる新たな国政情勢は「新常態」として定着。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43805でお読み下さい。】

 

この原稿は未明の福岡天神のホテルで書いている。昨日は「西郷どん」の鹿児島で仕事があり、夜までに九州新幹線で博多に入ったが、所要僅か1時間半。昔は6時間かかったというから実に便利になったものだ。それにしても福岡という街はいつ来ても住み易い便利な所だなと感心する。その福岡で今BBCの実況中継を見ている。

メイ首相が再び議会で説明に立ったからだ。ようやくブラッセルとまとめたEU離脱案が先週英議会で否決された。直後の内閣不信任決議こそ否決されたが、今日メイ首相は新たな提案(プランBを行うのではと注目されたのだ。ところが結果は散々。殆ど新味のない内容でプランBはプランAと同じだったと揶揄されていた。

▲写真 メイ首相 出典:Facebook; Theresa May Oficial

久し振りに英議会生中継を見て思ったことがある。首相と野党党首の議論はすれ違いだったが、これにスコットランド国民党とか少数政党が、それはまあ、勝手なことを言い続ける。こちらを立てればあちらが立たず、かくも複雑な政治状況の中ではコンセンサスどころか、多数派を作ることすら至難の業だ。これが英国内政の現状である。

一方ワシントンでは米連邦政府の閉鎖が今も続いている。昔は民主主義と法の支配のお手本のように言われた英米政治システムは機能しなくなったのか。それとも、実は彼らのシステムはそれほど効率が良い訳ではないことが改めて分かっただけなのか。この英米の体たらくを見て最近筆者は国際政治に関する見方を変えつつある。

簡単に言えば、国際政治状勢が不安定になると、その予測可能性も著しく低下していくということだ。昔全てが安定していた時、国際政治のプレーヤーはそれぞれ合理的な判断を下すことができたので、その結果も含め、他のプレーヤーは今後の成り行きを相当程度予測することが可能だったように思う。

ところが、今のように社会が不安定になり始めると、英首相にせよ、米大統領にせよ、意思決定者の判断が合理性を失っていく。そうなると、合理性ではなく、「勢い」、「偶然」、「判断ミス」といった不確実性の高い要素で重要な判断が決まる頻度が高まっていくのではないか。トランプ氏やメイ女史の言動を見ているとつくづくそう思うのだ。

こうした各国政治家の「勢い」、「偶然」、「判断ミス」に基づく決断を批判することは簡単だが、それで一度始まった流れが止まる訳ではない。それどころか、これらの「勢い」、「偶然」、「判断ミス」で生じてしまった新たな国際情勢は、それ自体不可逆的なものとして自律的に動き始め、最終的には「新常態」として定着していくのである。

歴史が動く時代には、こうして「新常態」化した新たな不確実性に満ちた国際情勢に対応し、政治指導者たちが再び新たな「勢い」、「偶然」、「判断ミス」を繰り返していくのだろう。恐らく1930年代、40年代はそのような時代だったのではないか。されば、歴史の評価は後世の歴史家に任せ、我々は日々の「新常態」を追うしかなくなる。恐ろしい時代が始まったものだ。

 

〇 東アジア・大洋州

中国の成長が鈍化したことで一部経済記者や市場関係者が懸念を持ちつつあるようだ。しかし、これって何年も前から予測されていたことではないか。今頃こんな記事が出るということは、市場が新たな「材料」を見つけただけのこと、と考えるべきなのだろうか。

いずれにせよ、今の数字なんて、まだまだ序の口だ。これからは、もっと深刻な問題が噴出しそうになり、それを共産党が力づくで押さえようとして無茶をする。その無茶が数年後またブーメランとして中国の実体経済に戻って来る。こんな異常な状態を中国は何時まで続けるつもりなのだろうか。

 

〇 欧州・ロシア

22日に日露首脳会談がある。この会談後の記者会見は注目に値するだろう。先週の日露外相会談でどの程度「地ならし」が出来たのか、逆に地面を掘り返してしまったのではないかと危惧する向きもあろう。しかし、ラブロフという人の役割はその程度のものだ。プーチン大統領と役割分担をしていると見るべきだろう。

▲写真 安倍首相とプーチン大統領(G20にて 2018)出典:ロシア大統領府

 

〇 中東・アフリカ

あまり大きなニュースになっていないが、イスラエルはシリア国内のイラン革命防衛隊の拠点に対し大規模な攻撃作戦を続けている。一方、トルコとロシアが合意した非武装地帯では本来各過激派が武装解除を進めるはずだったが、状況は逆の方向に進んでいる。

具体的には、シリアにおけるアル・カーイダである「シャーム解放機構」(旧称は「ヌスラ戦線」)が他の諸派の殆どを解体し、イドリブ県とその周辺の「反体制派」が占拠する地域の大半を制圧したという。要するにシリアはトルコを含め、誰の思い通りにもならないのだろう。だったら、イランを攻撃するというイスラエルの判断は合理的かもしれない

 

〇 南北アメリカ

どうやらトランプ氏は第二回米朝首脳会談に踏み切るようだ2月末にもベトナムのダナンという時間と場所まで報じられるようになった。こういう時はトランプ氏が内政的に追い詰められているに違いないのだが。内政上の目くらましで北朝鮮との首脳会談開催が安易に決まる現状こそは「勢い」、「偶然」、「判断ミス」の権化ではなかろうか。

▲写真 キム委員長とトランプ大統領 出典:Twitter; Dan Scavino Jr.

 

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:イギリス議会 出典:Wikipedia; Adrian Pingstone


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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