ゴーンと司法
.国際  投稿日:2019/4/3

英メイ首相戦略なき生ける屍


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #14」

2019年4月1-7日

【まとめ】

メイ首相、苦し紛れの「辞任」発言、生ける屍に。

・元米国防総省総合評価局長・アンドリュー・マーシャル氏逝去。

・マーシャル氏は米国と敵との全体的バランスを分析した『伝説の軍略家』。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45013でお読みください。】

 

本日は4月1日、一年に一度嘘をついても良い日だが、新元号が発表されるお目出度い日だから、いい加減なことは書けない。しかも、今日は筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所の設立10周年記念講演シリーズ初回で喋る日なので、緊張してどうも調子が出ない。それはさておき、先週は二つの悲しい知らせを聞いた。

第一は米国防総省のアンドリュー・マーシャル氏が死去したこと。第二は英国テレサ・メイ首相が自身の辞任の可能性に言及したことだ。前者は不滅の天才肌戦略家、逆に、後者は政治戦略のない生きる屍である。この二人の話は今の日本にとって大いに教訓となるという話を今週のJapan Timesに書いた。詳しくは同紙のコラムをお読み頂きたいが、残念ながら今回は英語版しかない。

メイ首相については、EU離脱法案の三度目の議会採決が実現するなら「辞任してもよい」と言ったそうだ。BrexitA級戦犯はキャメロン前首相だから、彼女にはお気の毒という気持ちしかないが、やはり最近の彼女の言動は軽すぎると思う。

古今東西、政治家が自らの出処進退を語る時は、勝負の時しかない。一度でも「辞任」を口走ったら、それが如何なる条件であれ、レッドラインを越える。その時点で彼女の政治生命の秒読みが始まるからだ。前任者が国民投票という一種の麻薬に訴えて失敗し、彼女は苦し紛れに「死に急いで」いる。日本がこうなっては駄目の典型だ。

▲写真 アンドリュー・マーシャル氏(右) 出典:アメリカ国防総省

マーシャル氏については、某通信社がこう伝えていた。「アンドリュー・マーシャル氏(元米国防総省総合評価局長)ニューヨーク・タイムズ紙によると、26日、南部バージニア州アレクサンドリアで死去、97歳。93歳で引退するまで40年以上、同局長として米国の軍事戦略を担い『伝説の軍略家』と呼ばれた。」

「米シンクタンク、ランド研究所での研究生活を経て、ニクソン政権下の73年に米国の軍事戦略を検討する初代の総合評価局長に就任。オバマ政権下の15年まで務めた。人気SF映画『スター・ウォーズ』のキャラクターになぞらえ『ペンタゴン(国防総省)のヨーダ』との異名も持つ。」

▲写真 アンドリュー・マーシャル氏 出典:国立公文書

この記事、まあ、間違いではないが、これでは事実とはやや異なるイメージを持たれてしまう。尤も、筆者も同氏と直接話したことはないのだが。そもそも、「ヨーダ」という渾名については本人自身があまり快く思っていなかったらしいので、これを使うことは差し控えた方が良いだろう。これ以外にも、筆者が違和感を持つ点は少なくない。

まず、マーシャルは国防総省「総合評価局長」ではなかった。正確にはthe Office of Net Assessment (ONA)という組織のDirector、日本で言えば「局長」どころか、「課長」にも満たない総勢20人以下の小さなオフィスの長だ。また、「ネット」とは敵対国の軍事力を含む国力だけでなく、米国とその同盟国も含む広い概念を意味する。

「ネット」と「総合」ではどうしてもニュアンスが異なるし、「アセスメント」を「評価」と訳すと、やはり違和感がある。マーシャルが追究した「アセスメント」とは、どこかの国の環境評価のような「静的」なものではなく、戦略、戦術、ドクトリン、作戦面を含む、より「動的」な分析が中心となるからだ。少なくとも実態を正確に示す言葉ではない。

マーシャルはあの米国でも知る人ぞ知る「知の巨人」だった。今回書いた英語コラムの題は、「The most famous person you’ve never heard of」。メディアや論壇で持論を開陳することなく、物静かに、息長く、重要な「正しい質問」を繰り返すことで米国とその敵との全体的バランスを分析した天才肌の戦士。同氏のご冥福をお祈りしたい。

 

〇アジア

3日から中国の劉鶴副首相らが訪米する。ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表とムニューシン財務長官らは28日から訪中していたので、合意は近いと言われていたが、果たしてどうか。いずれにせよ、今回の米中貿易合意は「一時的、限定的、表面的な妥協に終わる」との筆者の見方は変わらない。

 

〇欧州・ロシア

冒頭でも触れたが、4月1日までに英下院がEU離脱協定に関する様々な代替案をことごとく否決したことを受け、メイ首相の進退が危うくなってきた。彼女は4月12日までに新方針をEU側に示す必要があるが、今や代替策はなく、「合意なき離脱」の可能性が高まっている。EU側は10日に首脳会議を臨時招集するというが、大丈夫か。

 

〇中東

先月末投開票されたトルコ統一地方選挙でエルドアン大統領が率いる与党連合が劣勢らしい。首都アンカラで敗北し、イスタンブールも接戦という。低迷する経済や強権的な政治手法で都市部有権者が反旗を翻したのか。これからのエルドアンの動きがトルコ民主主義の将来を決めるが、果たして彼に正しい判断ができるだろうか。

 ▲写真 エルドアン大統領 出典:ロシア大統領府

 

〇南北アメリカ

米国では再びメキシコ国境で不法入国者が溢れ、入国管理がパンクしつつあるという。元はといえばトランプ政権が蒔いた種だが、確かに非常事態に近づきつつある。これではトランプ氏の思う壺だが、可哀そうなのが国境で立往生する合法的出入国者。これで国境を閉鎖しても、テキサスやカリフォルニアの地方経済が打撃を受けるだけだ。

民主党大統領選では本命とも見られたバイデン元副大統領が「セクハラ」疑惑で危機に直面している。誰が見てもサンダース支持女性の政治的動きのようだが、それは誰も言えない。最近のMeToo運動は過小評価できない。今の米国でこうした流れが止まる可能性は低いだろう。これでバイデンがコケレば、遂にヒラリーの出番なのか?

 

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真:メイ首相2017年 出典:Flickr; EU2017EE Estonian Presidency


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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