トランプ氏、非常事態宣言で壁建設可能?
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #06」
2019年2月4-10日
【まとめ】
・議会に出席する権利のない大統領に認められている「一般教書」と呼ばれる演説。
・トルーマン大統領は非常事態宣言で鉄鋼業国有化図るも、米最高裁その権限を却下。
・米軍予算流用による壁建設問題は、法的でなく政治的問題となろう。
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今週の中国は春節で4日から10日まで休み。当然筆者の関心は5日の米大統領一般教書だ。昨年の今頃も書いたことだが、この英語でState of the Union addressと呼ばれる演説をなぜ「一般教書」と呼ぶのかは、実はよく分からない。という訳で、今年はもう少し真面目に調べた結果、色々なことが分かったのでご紹介しよう。
憲法上、大統領は議会に出席する権利を持たないが、文書の形でmessageを議会に送付することが認められている。State of the Unionを直訳すれば、「連邦の状態」だが、これが日本では「一般教書」、「年頭教書」などと呼ばれるようになったらしい。通常は「一般教書」の後に「予算教書」も発表されるので、両者を混同しないように。
一般教書が施政方針演説だとすれば、「予算教書」は米大統領が議会に毎年提出する、翌会計年度の予算の編成方針を示す文書だ。中長期的経済見通しなどについても盛り込まれるとされる。予算は議会の特権であり、大統領には予算法案を提出する権限がない。だから大統領は議会に対する要請として「予算教書」を作成するのだ。
調べついでにもう一つ気になることを書こう。トランプ氏は今回の一般教書で、大統領選挙中からの公約であるメキシコ国境での壁の建設に関し、「国家非常事態宣言」を発布する可能性を暗示している。大統領権限で米軍の施設建設費を流用して壁を建設するというのだが、これって、どう考えても滅茶苦茶だろう、と普通なら思う。
▲写真 トランプ大統領 サンディエゴの壁を訪問(2018) 出典:Instagram; realdonaldtrump
そんなことが認められるなら、民主党大統領は法律を作ることなく「非常事態宣言」を発布して「銃規制」を強化することが可能になるのか。それが認められれば、もう議会も行政府もない、民主主義は一体どうなるのか、という議論になるはずだ。でも、実はこれが必ずしも無茶苦茶ではないらしい、という話をしよう。
報道によれば、トランプ氏のこの「暴言」を受け、ホワイトハウス、国土安全保障省、国防総省の法律専門家が既に議論を始めているそうだ。憲法上、大統領はその裁量の範囲内で合衆国が非常事態にあることを宣言することができる。しかし、同宣言によって大統領が壁建設の資金を使うことが法的に認められるかどうかは疑問だ。
例えば、朝鮮戦争の際にトルーマン大統領は非常事態を宣言し米国の鉄鋼業を国有化しようとしたが、当時の米最高裁は大統領にその権限はないと判断したそうだ。他方、合衆国法典第10編の規定によれば、米軍は非常事態の際に国防総省に割り当てられた使途目的自由予算の範囲内で建設計画を実施することが可能だという。
されば、トランプ氏はこの規定を使って米軍に壁を建設させることは不可能ではないとの意見もあるそうだ。最終的には問題は法的ではなく、政治的なのか。それにしても、何と「毎度お騒がせの大統領」なのだろう。
〇東アジア・大洋州
6日にファーウェイ副会長がカナダ・バンクーバーの法廷に出頭する。まだ米国は彼女を起訴しただけ、カナダに犯罪人引き渡しを求めてはいないはずだが、春節中のタイミングには何らかの意味があるのだろうか。一方、2月4~5日、メルケル独首相が公式実務訪問賓客として訪日する。同首相の訪日は5回目だが、どうなることか。
〇欧州・ロシア、中東
3日からローマ法王が中東湾岸地域としては初めてアラブ首長国連邦を訪問するという。日本では大ニュースにならないが、欧米では結構大きく報じられている。これまでのキリスト教とイスラム教の関係を考えれば、この訪問は決して儀礼的なものではなく、政治的意味すら持つから要注意だ。
法王は3日夜にアブダビ到着、4日昼に公式歓迎行事、夜には宗教間対話の行事に参加する。アブダビにはフィリピン人メイドなどカトリック教徒が少なくない。これが両宗教の和解に繋がるか気になるところだが、それにしてもなぜアブダビなのだろう。本当はサウジアラビア、メッカ、メディナに行ければ良いのだが、時期尚早なのか。
▲写真 フランシスコ ・ローマ教皇 出典:Wikimedia Commons; Casa Rosada
〇南北アメリカ
カナダが4日にベネズエラに民主化を求める米州諸国でつくる「リマ・グループ」の緊急会合をオタワで開く。暫定大統領就任を宣言したベネズエラのグアイド国会議長の支援方法について議論するそうだが、そんな簡単に行くだろうか。カナダという国はこういう時に常に前向きのイニシャティブをとる傾向がある。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:President Donald Trump delivering the 2018 State of the Union Address from the U.S. Capitol Building in Washington, D.C. 出典:Wikipedia; Shealah Craighead, official White House photographer
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。