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.国際  投稿日:2019/2/19

トランプ氏禁じ手 国境の壁で泥仕合


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #08」

2019年2月18-24

【まとめ】

・壁建設に「国家非常事態宣言」を適用すれば今後の濫用は必至。

・議会では法案は成立せず、結局は法廷闘争となるだろう。

・トランプ氏は最高裁での勝敗より有権者の心象が大切。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44215でお読み下さい。】

 

先週、遂にトランプ氏は憲法問題に発展しかねない「禁じ手」を使った。行政の長である合衆国大統領の非常大権を使い、「国家非常事態」を宣言し、予め米軍に割り当てられている軍事建設費の一部等を流用して、国境に壁を建設すると発表したからだ。トランプ陣営は「伝家の宝刀」のつもりだろうが、やはり「禁じ手」じゃないのか。

関連法令としては1976年国家非常事態法があるが、そこには何が「非常事態」かの定義はない。米国基本法であるUS CodeのSection10(米国法典第10篇)により、確かに大統領が各軍工兵部隊の軍事建設用予算を使うことは可能だろうが、それが自由に使えるんだったら連邦議会の予算権限など全く意味がなくなるだろう。

これが認められれば、将来民主党大統領が誕生したら銃乱射事件の際に「国家非常事態宣言」を濫用し、警察や軍隊を使って「刀狩り」をやるかもしれない。地球温暖化について「国家非常事態」を宣言し、強制的に温暖化ガス排出を停止させるかもしれない。民主党議員はもちろん、共和党員の中にも疑問を呈する声は少なくない。

報道によれば、共和党の上院議員の中にも数人(一説には10人近く)がトランプ氏の今回の決定を憲法違反または議会の権限を犯す行為として賛成しない可能性があるという。今後は下院民主党が今回の大統領決定を認めない法案を提出して可決、これを上院に送付して成立を図るということになりそうだが、泥仕合は免れないだろう。

仮に上院共和党議員の一部が造反して法案が可決されたとしても、トランプ氏はこれに拒否権を行使することは確実だから、法案は議会に指し戻される。この場合は両院が3分の2以上の多数で再可決しない限り、法案は成立しない。されば、問題は結局法廷闘争ということになる

既に一部の州ではトランプ氏の「非常事態宣言」を憲法違反とする訴えを起こすと言われており、問題は最終的に最高裁までもつれ込むだろう。下級審では違憲判決が出る可能性が高いが、問題は最高裁だ。今の最高裁は保守系が過半数を占めているが、だからといってトランプ氏の判断を追認するとは限らない。

いずれにせよ、トランプ氏は最高裁での勝敗など全く関心がないだろう。トランプ氏は2020年の大統領選で、トランプ候補が国境の壁の問題につき非常事態宣言を含む全ての手段を尽くして、ワシントンの既存政治家やメディアと戦っている姿が有権者の目に映ればそれで良いのだから。統治に関心のない大統領こそは最強である

 

〇 東アジア・大洋州

米中貿易交渉が佳境に入った。双方とも、3月1日の期限を過ぎてでも、何らかの合意を発表したいのではないか。中国側が政治面または政策面の譲歩を行う可能性はほとんどないが、対米貿易黒字削減など操作が可能な数字なら喜んで譲歩するだろう。トランプ氏も市場へのメッセージが必要だからだ。

という訳で、米中間で短期的、一時的、限定的な妥協が成立する可能性は十分あるだろう。しかし、それで米中貿易戦争が「打ち止め」には決してならない。2020年の大統領選に向け、トランプ氏は中国と、イランと、ベネズエラを最大限利用するはずだ。これから一年半、世界中の関係者が振り回されることだけは確実である。

 

〇 欧州・ロシア、中東

先週最も気になったニュースは14日にロシアのソチでロシア首相、トルコ大統領とイラン大統領が会合を持ったことだ。中身はシリア問題で、例のイドリブ県で先送りになっていた総攻撃の時期が議論されのだろう。米国が過早に撤退を発表してしまったので状況は一層複雑化したが、トルコがどこまでロシアを説得できるかがカギとなる。

▲写真 イランハッサンRouhaniの大統領(左)とプーチン大統領、トルコのRecep Tayyip Erdoganの大統領 出典:ロシア大統領府

 

〇 南北アメリカ

ベネズエラに対する国際的干渉が続いている。隣国コロンビアに米軍と大量の支援物資などを運び込んでいるというが、マドーロ現大統領も黙ってはいないだろう。それにしても、これを対外非干渉主義のSバノン元首席戦略官が聞いたら何と言うか。ベネズエラなどに関与することが米国の利益などと言うのは旧ネオコンの連中である。

▲写真 ニコラス・マドゥロ大統領(右)出典:Flickr; Cancillería del Ecuador

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:トランプ大統領 出典:Flickr; Gage Skidmore


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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