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.社会  投稿日:2019/2/21

現在の救命の尺度とは~世界が挑戦 市民への統合型救命教育~2


照井資規(ジャーナリスト)

【まとめ】

・テロや災害は重症傷病者を同時多発させるが、処置や治療は一人ずつ行うのみ。

・有事医療における“戦術”こそ最大多数の最大救命の鍵。

・テロなどによる銃創、爆傷、刃物による致命傷では受傷後1分で死亡率50%

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトでお読みください。】

 

テロや災害は一度に多数の重症傷病者を同時に発生させることに対して、処置や治療は一人ずつ行う他に方策は無い。平時の医療体制が破綻した際には、同時多発した重症傷病者を選別し、適切に順序をつけることで、いかに1人ずつの治療に持ち込むか、そのtactics“戦術”、戦い方こそが最大多数の最大救命の鍵となる。そのために重要になるのが、救命の時間的目安と、救命手当が出来る国民を多く増やし、医療従事者が治療に専念できる態勢をとることである。

 

救命講習でよく目にする「救命曲線」は、1966年にアメリカのドリンカーが作成したドリンカーの救命曲線(Dr. Drinker’s Survival Curve)、1981年にフランスのカーラー(Morley Cara)が作成したカーラーの救命曲線(Golden Hour Principle)、2000年にスウェーデンのホルムベルグ(Holmberg)が発表した救命曲線(Effect of bystander cardiopulmonary resuscitation in out-of-hospital cardiac arrest patients in Sweden.2000 Sep;47(1):59-70)と移り変わってきた。

 

ドリンカー曲線は人が呼吸停止してから蘇生できる確率を時間ごとに表したものであったが、データの根拠が明確ではないため現在ではほとんど使われなくなった。

 

カーラー曲線は、心臓停止、呼吸停止、大量出血の経過時間と死亡率の目安をグラフ化したもので、ゴールデン・アワー・コンセプトについて説明するために作られたが、目安を表現したものであって明確な計算式があるわけでもなく、出血量なども全く考慮されておらず、医学的根拠も定かではない。

 

図)救命の可能性と時間経過 

ホルムベルグ曲線は、心臓停止、呼吸停止の経過時間と救命率の目安をグラフ化したもので、現場に居合わせた人による救命処置が行われた場合と、行われずに現場に到着した救急隊により救命処置が実施された場合の救命効果の差を示したものである。時間の経過により救命のチャンスが低下することと、現場に居合わせた人(=「バイスタンダー」)による手当の実施が救命のチャンスを高めることを、グラフ化することで、誰もが救命のための重要な役割を担っていることを表現している。

 

日本の救命教育の弱さは、救命教育が非外傷性心肺停止の心肺脳蘇生法教育と外傷救護教育が別々に行われていることにある。日本では市民に対する病気、感電、溺水、低体温、生き埋めによる窒息などによる非外傷性心肺停止状態の救命、心肺蘇生法とAEDの使用法の教育が熱心である一方で、アメリカのStop the Bleedキャンペーンのような致命的な大出血への止血帯の使用法教育が来年4月から赤十字により始まりはするものの、止血用資材整備の方はほとんどなされていない。(※参照:変わる市民の役割~世界が挑戦 市民への統合型救命教育~1

 

アメリカ合衆国の国土強靭化施策として発せられたハートフォードコンセンサス第3勧告書(2015年7月1日発)では、今世紀に入り13年間続いたテロとのグローバル戦争での6,800人以上ものアメリカ軍の戦死者から得た教訓を民間の救急医療にも反映させることを決めた。図のようにベトナム戦争時代よりもかなり進化し、対テロ戦争が終了してから1年後の2012年以降は外傷医学の教科書の多くが書き換わったほどである。止血帯の使用法しか知らなければ、右下の棒グラフの上澄みの部分、救命率にして4%程度が向上する程度である。ボストン市がハートフォードコンセンサスの第一勧告書が出される10年も前から先行的に市民に止血法を普及し、第一勧告書が出される1ヶ月半前の2013年4月15日ボストンマラソン爆弾テロ事件にて効果を発揮したように、止血法教育には手間と時間がかかる。日本における市民による救命の取り組みは、世界の水準に比べれば半分以上が抜け落ちている状態である。

 

出典) イラストでまなぶ!戦闘外傷救護 ホビージャパン (制作:照井資規
Tactical Combat Casualty Care GUIDEBOOK Howard R Champion, et al. A Profile of Combat injury. J Trauma, 2003;54:S13-19を一部改変

Brian J Eastruge, Mabry RL, Seguin P, et al.: Death on the battlefield(2001-2011) Implication for the future of combat casualty care.

 J Trauma Acute Care Surg 73(6 Suppl 5) : S431-S437, 2012を一部改変

 

救急医療体制ではカーラー曲線を救命率の目安としゴールデン・アワー・コンセプトに拠っていることが問題である。カーラー曲線の目安は脳の不可逆的停止に至るまでの時間から算出されている。脳は大量に酸素を消費することで稼働しているので、酸素供給が5分から6分停止したならば脳の活動継続が完全に止まる。それ以後酸素供給が再開したとしても脳は活動を再開しないため死亡することになる。

 

図)カーラー曲線に銃創・爆傷・刃物による致命傷の曲線を加えて (作成:

照井資規)

 

図にある心臓停止では血液供給の完全停止が脳への酸素供給の即時停止となるので、心臓停止後3分で死亡率が50%となる。呼吸停止では血液供給はされている状態で、血液への酸素供給が止まるため、心臓停止より遅く10分で死亡率が50%となる。

 

一番右の破線にある多量出血は心臓と呼吸が機能していることが前提であり、血液供給量が減る程度なので脳はある程度機能を維持できるとして、30分での死亡率を50%としているが、ここには出血量と急激な多量出血が考慮されていない。

 

カーラー曲線とは、バイスタンダー(※当時の表現)が心肺停止後の時間経過から独自に判断を下し、躊躇せず早期通報と早期CPRの必要性の重要性を理解させるための「目安」であって、このグラフの解説を厳密に行うことに意味は無い。

 

銃創・爆傷・刃物による致命的外傷は、鈍的外傷により体内の胸腔、腹腔、後腹腔に徐々に出血することに比して、体外へと急激に多量に出血する。目安としては、大腿部にライフルによる高速弾貫通銃創を負って大腿動脈と静脈の両方を離断した場合、3分で出血死してしまうことが研究から明らかになった。これを基に、1回の銃撃では複数個所を被弾することがある、爆発物の破片の破壊力は同じ質量の銃弾の16倍に達する、などを鑑みて受傷後1分間で50%の死亡率という目安、一番左の実線が用いられるようになった。

 

度重なるテロ事件や戦争の経験から、世界は図のようにカーラー曲線の心臓停止曲線よりも更に緊急性の高い目安として、銃創・爆傷・刃物による致命的外傷による曲線(一番左の曲線)を描き加えたような時間的目安を持つようになった。このため、市民による救命止血法の重要性が認識され始め、救急医療体制についても従来の「ゴールデンアワー」という「一律一時間以内」よりも症例の緊急度に応じた時間尺度を持つべきとして「ゴールデン・ピリオド」と改めるようになった。

 

考え方も“3R”にThe Right care 「適切な救護・応急治療によって時間差をつける」を加えた“4R”:The Right care to the Right casualty at the Right location and Right time「適切な治療を必要とする負傷者に適切な場所で適切な時間で提供すること」へと進化している。

 

日本も早期に従来の「○○以内」から真逆の考え方である、救命のために誰もが担うべき役割を果たすことで“Buy the Time”「時間を稼ぐ、時間差をつけて、1人ずつの治療へ持ち込む、稼いだ時間を必要な重症傷病者にまわす」へと進化することが求められている。

 

稼ぐことができる時間は、それぞれ行う処置により異なる。例えば、先述の大腿部にライフル弾銃創を負った場合、3分で出血死してしまうことがあるが、止血帯止血法を適切に行えば、致死的な状況から脱することができる。しかし、止血帯止血法は大変な痛み「ターニケットペイン」を伴うので、20分間とその痛みに耐えられない。故に止血帯止血法により稼げる時間は20分間と限定されるので、特定を示すBuy the timeと表現される。

写真)トリアージ・トレーニング

出典)Army Medicine flickr

 

テロや災害(戦争も含む)は一度に多数の重症傷病者を同時に発生させることに対して、処置や治療は一人ずつ行う他に方策は無い。Buy the time、4Rの考え方に基づいて、同時多発した重症傷病者を緊急度に応じて一人ずつ医療機関に運び込めば、治療を普段通り1人ずつ行うことができる。

 

この「普段通り1人ずつ治療する」ことが救命のための治療能力を最も高く発揮できる。いかに普段通り1人ずつの治療に持ち込むか、この有事医療における“戦術”、戦い方こそが最大多数の最大救命の鍵となる。

 

有事医療の戦術教育の詳細は、http://tacmeda.com/ を参照されたい。様々な公開資料もダウンロードして活用できる。

 

3に続く。1。全4回)

 

 

本記事における医療監修

高須克弥 医学博士 高須クリニック院長

嘉数 朗/Kakazu Akira M.D.

日本循環器学会 循環器専門医

おもろまちメディカルセンター 循環器内科部長 

Omoromachi Medical Center  Cardiology manager 

那覇市医師会理事 Naha City Medical Association Director

菅谷 明子/Sugaya Akiko M.D.

日本救急医学会 救急科専門医 社会医療法人かりゆし会 ハートライフ病院

血液浄化部 医長

social medical corporation KARIYUSHIKAI Heartlife hospital

金城雄生/Yuki Kinjo, M.D.

琉球大学医学部医学科脳神経外科学

Department of Neurosurgery Faculty of Medicine University of the Ryukyus

 

トップ写真)ボストン・マラソン爆弾テロ事件(2013年4月15日)

出典)Wikimedia Commons(by Aaron “tango” Tang)


この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト

愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。


同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など

LINE@  @TACMEDA


 

照井資規

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