朝鮮半島情勢ー金正恩の真の狙いとはー
.国際  投稿日:2019/3/7

米vs北朝鮮 勝者はどっち?


久保田るり子(産経新聞編集局編集委員)

【まとめ】

米韓合同演習終了。トランプ氏韓国も北朝鮮も信用していない。

金正恩、制裁解除獲得できずとも米韓合同演習一部中止等獲得。

米朝協議は「核軍縮交渉」しか選択肢がなくなる可能性有り。

 

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■ トランプは韓国も北朝鮮も信用していない

物別れに終わったハノイの第2回米朝首脳会談はトランプ氏と金正恩氏のどちらが勝者だったのか?会談後、米韓両政府は大規模な合同軍事演習の終了を発表、朝鮮半島は抑止体制も不透明となった。停滞が必至の米朝協議、果たして時間はどちらに味方しているのか。

会談の内幕がみえてきた。ジョン・ボルトン国家安保補佐官が米メディアに相次いで語ったところによると、トランプ大統領は金正恩委員長にビッグ・ディールを持ちかけ「核、化学兵器、弾道ミサイルを放棄しろ」として英語とハングルで書いた米国の要求文書を渡した。そしてその見返りとして「未来には莫大な経済」を得られると提示したが、金正恩氏はこれに応じなかった。

金正恩氏が提示してきたのは、ごく小さなスライス・サラミだった。老朽化した寧辺の核施設廃棄だ。米国はこれを「非常に限定的な譲歩」と評価した。しかし北朝鮮は見返りに国連制裁の核心部分5件の解除を求めてきたため会談は決裂したのだ。

▲写真 ジョン・ボルトン国家安保補佐官 出典:John Bolton twitter

 

ボルトン氏は、トランプ氏のノー・ディールが「米国の国益を守った」とし、北朝鮮が米国の要求をのむまで制裁圧力を維持していくと述べた。そして「門は開けてある。北朝鮮が門を通過するかは彼らにかかっている」。また「われわれの判断では時間はトランプ大統領の味方だ」と主導権を取ったことを強調した。

核、ミサイル、生物化学兵器放棄を一気に要求するのは米ブッシュ政権が成功させたリビア方式(2003年)に近い。イラク戦争でフセインを追い詰めた米国に我が身を投影、おびえたリビアのカダフィは核放棄に応じた。このとき米側を主導したのはジョン・ボルトン氏だ。カダフィを落としたのは米攻撃という恐怖だった。金正恩氏を対話の場に引きずりだしたのも、ステルス戦闘機による「斬首作戦」を含む米韓合同軍事演習だったが、対話開始で一転、トランプ米政権は作戦を経済制裁の兵糧攻めに絞った

背景にはビジネスマンのトランプ氏の米韓合同軍事演習への不満が大きい。ハノイの記者会見でも「軍事演習は私がかなり以前に放棄した」といい、その後もツイッターで「韓国との軍事演習を望まないのは返してもらえない数億㌦を惜しむためだ」と繰り返している。そもそも米国は韓国文在寅政権に不信感を募らせており、トランプ氏は北朝鮮を代弁するためスリよってくる文在寅氏を各国首脳のなかで最も嫌っている

▲写真 文在寅大統領 第二回米朝首脳会談の直後、トランプ氏と電話会談を行った 出典:The Republic of Korea / Cheong Wa Dae

 

在韓米軍司令官のエイブラムス司令官は、米韓合同演習を維持すべきとの立場で知られた人物だが、今年になって態度を変化させて注目されていた。ホワイトハウスの指示であったとの見方が強く、トランプ氏の意向だったとみられている。だが、これが合理的な判断なのかは疑問が残る。

▲写真 ロバート・エイブラムス在韓米軍司令官 出典:United States Forces Korea(在韓米軍)HP

 

昨年6月のシンガポール会談後に中止された米韓合同軍事演習は、北朝鮮の核廃棄への誘導手段という説明が付いた。しかし、ハノイ会談では、北朝鮮に非核化の意志がないことがより明確になった。中止されていた演習を復活して圧力に使うとの判断も当然あったはずだが、米韓両国とも「残る演習もおしまい」にした。トランプ氏の「軍事演習はカネがかかる」発言を内心で喜んでいるのが文在寅大統領だろう。米韓同盟はどんどん弛緩している

一方、トランプ政権は北朝鮮の金正恩体制も無論、全く信用していない。2017年9月の国連総会で、金正恩氏を「リトル(ちび)ロケットマン」と呼び、「アメリカと同盟国を守ることを迫られれば北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢はない」と恫喝したのはトランプ氏である。

 

■ 金正日は何を失った?

金正恩氏は干からびたサラミのような「寧辺核施設」をトランプ大統領に一蹴されたが、それなりの見返りも手にして帰国した。会談の継続の約束や在韓米軍による米韓合同演習の3つの大規模演習(フォール・イーグル、キー・リゾルブ、フリーダム・ガーディアン)の中止のほか、米韓連合軍の即応体制低下、非核化の長期化、北朝鮮核保有のさらなる存在感、この間の金正恩氏の安全の保証なども確実にした。当面は秘密核施設で高濃縮ウラニウム製造を続けながら、軍事演習の心配はせずとも済むわけだ。ボルトン補佐官は米メディアに「北朝鮮は状況を再評価する時間が必要だろう」と語っており、米国も早期の再会談は困難な状況と認識、冷却と停滞の期間が容認された格好だ。

▲写真 米韓合同軍事演習(フォール・イーグル、2017年4月5日)出典:U.S. Department of Defence(米国防総省)HP

 

首脳会談の物別れのあと、3月1日未明にハノイで記者会見した北朝鮮の李容浩外相は、寧辺核施設廃棄について「朝米(米朝)両国の現在の信頼レベルから考えて、現段階で我々が踏み出す最も大きな歩幅の非核化措置だ」とした。さらに「国務委員長同志が今後、米朝交渉に対して意欲を失うのではないかという感じを受けた」と会談継続にも留保を示唆した。

金正恩氏は3月5日、「第2回朝米首脳会談とベトナム訪問を成功裏に終えた」(朝鮮中央放送)と何食わぬ顔で帰国し、平壌駅には朝鮮人民軍の儀仗隊と熱烈歓迎の大衆の歓呼が待っていた。もちろんすべてが動員され作られた歓迎と歓喜の声だが、この国はこれで70数年やってきている。

「米朝首脳会談は米国の拒否に合い失敗だったらしい」との風評が北朝鮮内に拡散しているが、支持率があるわけでもなく指導者同志の悪評で簡単に潰れる国ではないもの事実だ。制裁は続き、人民には「自立更生」が強いられる。一部には食糧不足から飢餓の発生を懸念する情報もあるが、他方では「米の値段は安定している」との情報もある。

 

■ 米朝は事実上の「核軍縮交渉」に入るしかない?

ハノイ会談で、北朝鮮の要求を認めず交渉の主導権を取ったのは確かにトランプ大統領だった。しかし、軍事圧力を放棄した兵糧攻めだけで、今後の金正恩体制を譲歩させられるかどうかはわからない。北朝鮮という独裁国家は朝鮮戦争以来、米国の敵視政策の下で事実上の制裁下にあった。必要とあれば数年間、ハリネズミのように内向きに外交を中止することもある。人民が飢えても見殺しにする。反乱の兆しがあればおびただしい人数の粛正を断行する。

現在、確かに国連安保理決議による制裁で北朝鮮貿易の輸出約9割を抑え金正恩政権の統治資金枯渇を狙って厳しい国際包囲網は効果を上げている。北朝鮮内では人民だけでなく官僚、軍、党機関の高級幹部に不満が広がっているものの、北朝鮮の金一族が作り上げた恐怖政治による統治システムは、やすやすとは潰れない

金正恩氏が中国大陸を縦断するハノイ入りを支持した中国の習近平体制は、いまや北朝鮮カードをしっかり握っており、トランプ政権の向こう2年、あるいは第2期のトランプ政権を含む6年の間、極貧国の北朝鮮の影の擁護者になることも難しくはない。最終的には米中がカギを握ることになる。

▲写真 金正恩4度目の訪中(1月8日)出典:東アジア・フォーラムHP

 

今回のハノイ会談で北朝鮮は、「制裁解除」がなければ非核化には応じないという「段階的、同時並行方式」を明示した。米国にこれを拒否された北朝鮮は、当面、対話を拒否することが予想される。北朝鮮は足して二で割った外交は行わない。米韓合同軍事演習が中止されている限り、朝鮮半島に軍事的緊張が高まる事態は起きないため、北朝鮮は核ミサイル実験を中止したまま米国に圧迫の口実を与えない戦術をとるだろう。

ハノイ会談は米国も北朝鮮も「成果」を取れなかったため、両者ともに「敗者」であったかもしれない。北朝鮮が譲歩しないまま核保有国として能力を上げていく公算が高まったとき、米朝協議は「核軍縮交渉」しか選択肢がなくなってしまう悪夢もある。

 

トップ写真:第二回米朝首脳会談(2月27日、ハノイ)出典:flickr Photo by The White House


この記事を書いた人
久保田るり子産経新聞編集局編集委員 國學院大學客員教授

東京都出身、成蹊大学経済学部卒、産経新聞入社後、1987年韓国・延世大学留学。1995年防衛省防衛研究所一般課程修了。外信部次長、ソウル支局特派員、外信部編集委員、政治部編集委員を経て現職。2017年から國學院客員教授。著書に「金日成の秘密教示」(扶桑社)「金正日を告発する―黄長燁の語る朝鮮半島の実相」(産経新聞社)など。

久保田るり子

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